ほろほろ旅日記2002 12/11-20

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ハンガリー 12月11日(水) ブダペスト


●好きだなあ、ブダペスト
 9時半起床。これより早くは起きられないのか?
 今日のチケット探しがどれくらいかかるか分からないので、今の時点では今日ここに泊まるかどうか決められない。朝食の後、その旨をフロントに相談しに行く。10月に最初に来た時のおばちゃんがいたので話すと、
「とりあえず大きい荷物は置いておけばいい、部屋は一つ取っておくから」
 とのこと。ありがとうございます。やっぱブダペストは感じのいい人が多いや。


●エアチケット探し続行
 今日はまず情報誌「IN YOUR POCKET Budapest」を買いたかったので、西駅のキオスクに向かう。

 が、なかった。
 ニュガティ駅に隣接して建っている大きいショッピングセンター内にIBUSZという旧国営のツーリストエージェンシーがあったので、一応エアチケットを尋ねてみる。ここでも16万フォリント。さようなら。

 次に東(ケレティ)駅に移動し、そこから中心部方向へ繁華街を歩きながら、絨毯攻撃的にIN YOUR POCKETと旅行代理店を探して歩く。
 もちろん一緒に新しいジャンパーも買えないか探している。中のスポンジが飛び出てチャックが取れているジャンパーで町中を歩くのは、さすがにみっともないし、前が閉まらないので外気がガンガン入ってきて寒くてたまらないし。ちなみに12時現在の気温は−5℃。辛くなるたびに適当なビルに飛び込んで暖を取ってはいるけど。
 ……う〜ん、いまいち。
 まずIN YOUR POCKET、全然ない。
 ジャンパーは途中で一件、セカンドハンドの店を見つけたんだけど、よさそうなのがなかった。女性と子供物中心だったし。
 そして、ツーリストエージェンシー。何件もあったから片っ端から入ってみたけど、やっぱり16〜22万Ftのものしかないようだ。今さら12月24日日本着便の席なんて残ってない、と言われた事も再三ならずあったし。往復なら18〜25万フォリントであるから、往復するなら確かに高くないんだけどな……。日本人宿のある近所の旅行代理店も探したが、結果は同じ。とほほ……。昨日に引き続き、何やってるんだろう、僕……。

 結局いいのは見つからなかった。ブラチスラバに戻るしかなさそうだ。ブラチスラバもいい町だから、それはそれでいいんだけど。


●エアチケット探し断念
 チケットについてはそう決めたので割り切り、ジャンパーを買いにマーケットに行く。ああ、ルーマニアのサトゥマーレのマーケットなら安くていいのが買えるんだけど、そのためだけにそこまで移動するのは割りに合わなさすぎるしなあ。
 ……ってこのマーケット、実用品じゃなくて土産物ばかりじゃないか。今はそんな気分じゃないので出る。

 ペスト(新市街)側の中心部、ディアーク広場に戻り、入った店でIN YOUR POCKET発見。って750フォリントもするのか……外人用の情報誌だし、ツーリストプライスなのかなあ……。買いますよ、ええ。

 ジャンパーを買いに、ニュガティ(西)駅に戻る。確かこの近くに……あったあった。4800Ft。デザインはともかく、着心地はいい。これは壊れないだろうな。よし、買った。


●夜を過ごす
 時計を見ると、もう16時。ブダペストにもう一泊するか。ブラチスラバのホテルキエフの半額以下で泊まれてるし。
 で、パピヨンに戻る。部屋が変わって11号室になった。

 これで今日は終わりというのも寂しいので、再度外へ。ネットをしてから、ニュガティ駅のすぐ隣にあるWESTEND CENTREの巨大な電気屋に行く。CDを買いに。ここのセンターは立派だ。2004年のEU加盟に向けて、力が入ってるなあ。一枚2,599Ft、1300円ほどか。


 それから昨夜と同じく、宿近くのレストランで夕食。一度ヨーロッパでリゾットを食べてみたかったので頼む。うーん、やはりごはんものはアジアに限るなあ。悪くはないけど、ごはんがメインじゃないのがどうにも違和感。

 宿に戻ると21時。テレビでも見よう……。そうか、今日はMTV、アニメの日か。ルパンは大好きだから楽しんで見れるよ。

 番組の合間のCMで流れていたので気がついたのだが、「ロード・オブ・ザ・リング・二つの塔」の公開日、こっちでは12/18からなのか。チャンスがあれば是が非でも見たいものだ。

 明日はブラチスラバに舞い戻り、チケットの確保だ。


ハンガリー共和国 Republic of Hungary → スロヴァキア共和国 Slovak Republic
 12月12日(木) ブダペスト → ブラチスラバ



●ありがとうハンガリー
 7時20分起床。たまには早起きもできるんだ。
 朝食をゆっくり摂って、8時40分にチェックアウト。おかげで快適に過ごせました。ありがとうホテルパピヨン。


 トラムでニュガティ(西)駅に行き、

 ブラチスラバ行きのチケットを購入。4,361フォリント。うん、そんなもんだな。

 それにしても、朝のブダペストって……通勤ラッシュが凄いな……さすがだ。この時期にサンタデコレーションがあるのはいずこも同じか。年末が近いという気分が強まるなあ。

 コインが140Ft残っていたので絵葉書でも買うかと探すが、時期的なものかクリスマスカードしか見当たらない。結局、少し外れたところにある古びた店にあった、古めの鉄道写真の絵葉書を買う。これ、ケレティ(東)駅だな。



●スロヴァキアへ

 列車は10時05分、定時に発車。このユーロシティはブラチスラバ経由でベルリンまで行くんだ。ということは、プラーグも経由するのかな?
 もうすっかり客車列車に馴染んでしまったよなあ。客車が細かく区切られた部屋になっている、コンパートメント形式にも。

 コンパートメントで一緒になったのは、ニューヨークから来たアイリーンさん。二ヶ月ヨーロッパを回っているそうだ。

 発車して間もなく、ハンガリーとスロヴァキアのパスポートコントロールの係官が一緒にやって来た。チケットチェックより先にするんだ。チケットチェックはその後、10時35分にやって来た。
 その後はのんびりと列車旅を楽しむ。アイリーンさんと話すが、やはりアメリカの人の英語は癖がある。そのうえにネイティブなのでスピードが早く、ヒアリングが少々難しい。どうやらプラハまで行くらしい。

 そういえばハンガリーの昼の風景は初めて見るが、さすがは大平原の国、広々としている。またそれが冬の寒々とした景観と実にマッチしている。
 しばらくドナウとともに北上するると、平野が尽き、山の間に入っていった。この辺りがドナウの曲がり角、ドナウベンドだな。確かに凄く景色がいい。トルコには戻らないことにしたんだし、ここも是非改めて訪れたいものだ。

 11時09分、最初の停車駅、Sturovo着。地元の人が二人乗ってきた。おばさんが
「ドブリーデン(こんにちは)」
 と。
 ドブリーデン? スロヴァキア語だ。もうスロヴァキアに入っているのか。ハンガリーなら「ヨーナボトゥ(キヴァーノク)」だし。なるほど、さっさとパスポートチェックをしたわけだ。

 12時30分、ブラチスラバ到着。
 別れ際にアイリーンがハグしてきた。こういう欧米の風習にも慣れたなあ。トムもそうだったし。旅の最初の頃はハグどころか握手でさえ、「え、握手するの!?」って感じだったんだけど。今では何の抵抗もなくハグしてるもんなあ。バイバイ。


●結局ここか(^^;
 ブラチスラバ駅の構内で駅員さんが机を出して時刻表を売っていたので、鉄道好きとして発作的に買ってしまった。ルーマニアほど使い倒すつもりもないのに。60sk。

 って、それはいいんだけど、表紙の真ん中の兄ちゃん、なんて服着てるんだ(^^; 日本人にしか分からないとはいえ、「ワヌツセ」ってなんなんだ!? 意味不明にも程があるぞ。字の形が気に入ったのかな?

 トラムのチケットを買い、乗り込む。中心部へ。この町にも慣れたな。


 まずは身軽にならないといけないので、ホテルを探しにツーリストインフォメーションへ。今日の受付は、ちょっと愛想の少ないおばちゃんだ。なんか頭にタオルを巻いた日本人の兄ちゃんが一人いたが、今はそれどころじゃないので気にしない。
 やはり旧市街とその周辺でないと、徒歩で動き回る身には何かと辛いので、その線で安い宿を探す。う〜ん、プライベートルームでも1000スロヴァキアコルナ位からか。それでもホテルキエフが2,000skだったから、半額近いんだけど。そんな中、ペンションで900skというのがあったので行ってみる。が、今日は満室とのこと。

 他にめぼしい宿もないので、結局ホテルキエフに行く。
とはいえこれからも2,000skを払い続けるのは厳しいので、お互いに顔を覚えていたフロントの姉ちゃんに
「Please tell me cheapest one.」
と言ってみたところ、朝食なしでよければ1,200skの部屋があるらしい。やった。1,800円も安くなるなんて朝食分だけじゃないよなあと思いつつ部屋に入る。テレビ、ラジオがなかった。それだけ? そういや窓のパッキングも少し甘いかも。その程度でこの値段なら上々だ。ラジオなら持ってるし。


●エアチケットようやく確保
 チェックインして旅装を解き、身軽になってまずは旧市街へ。

 前回行って、一番手応えのよかった旅行代理店、RUEFAに行く。前回対応してくれたお姉ちゃんはいなかったが、やはりここは安い。対応もいい。ここでの帰国便のプランとしては二つ。

 KLMオランダ航空使用(VIENA(ウィーン)10:55-13:00 → AMSTERDAM 14:05-09:00 → KIX(関西国際空港))が25,188sk、
 ブリティッシュエアウェイ(VIENA 15:05-16:35 → LONDON HR 18:25-14:15 → HONG KONG 16:40-21:00 → KIX)が26,463sk。


 前回はブリティッシュエアウェイのプランを言われただけだが、新しく見つけてくれたのかな。3,000円の差は小さくないが、KLMプランは乗り換え時間が短いな……。ガイドによると、アムステルダム空港での乗り換え時間はミニマムで50分だそうだ。少しでも遅れたらアウトなんだな。その場合でも会社が責任を持って他の便を手配してくれるらしいけど……。安いのはいいけど、その微妙なリスクがちょっとなあ。それに、アムス−関空便ってなんか日本人だらけな気がしてちょっと……だし。

 色々考えた結果、最初から勧めてくれていたブリティッシュプランの方に決めた。
 予約してからお金を下ろしに外へ。
 そこでちょっと考えて、先にネットカフェに行く。アクロスバンコクの山内さんからメールが来ている。ガルフエアでバンコクに戻るのは中止しましたってメールしておいたから、その返事かな? ガルフエアにキャンセルの電話する必要があるらしい。やだなあ、面倒臭い。

 そんなこんなで、とりあえずお金を下ろして代金を支払う。うし、これで帰国便は決定した。色々と手間取って、こんなぎりぎりになってしまったけど。
 あとはガルフエアにキャンセルの連絡か……。ホテルキエフに戻ってレセプションに電話を借りてかける。が、トルコは時差の関係か何か、案内テープが流れるだけで誰も出ない。閉まってるやん。また明日か。ガルフエアのイスタンブール事務所はFAXもないし、仕方ない。


●やっと一息
 ともあれ今日一番の大仕事を終えた達成感に浸りつつ、行きつけのTESCOのネットカフェでまったりと過ごす。
 ここは大きくはないが、回線も雰囲気も快適で、居心地がいい。しかも一回行ったら一つ押してもらえるスタンプを10集めたら一回無料で使えるのだが、この分だと帰国までに達成してしまいそうだ。旅人なのに(^^;

 関係ないが、2004年のEU拡大って、予定国はバルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)とポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、スロヴェニアと結構多いんだな。
 同じく関係ないけど、明日は13日の金曜日だ。なんかそれを記念してパーティーが催されるような張り紙を、ブラチスラバの町中で見かけた。キリスト教圏内でも必ずしも悪い日ってわけでもないのかな?

 帰りに今日一日、必要以上にカリカリしそうになるのを自覚していたので、カルシウムを補給するべくテスコの食料品売り場に行ったんだけど、さすが内陸国。乳製品の充実ぶりは目を見張るものがあった。その分、魚は……だったけど。牛乳、チーズ、ヨーグルトを購入。
 この時、数の数え方が欧米風になっているのに気付いた。「一つ、二つ、三つ」が「人差し指、中指、薬指」ではなく、「親指、人差し指、中指」だ。まあ帰国したらすぐに元に戻るんだろうけど。

 そして部屋で飲むためにいつものピルスナー瓶、この地ならではのソフトドリンクとつまみも買い込んでホテルに戻る。なんか一仕事終えた気分なので、今夜はまったりと過ごせそうだ。
 



スロヴァキア 12月13日(金) ブラチスラバ → チャスタ → ブラチスラバ


●エアチケットのキャンセル
 寒い。
 2時20分に寝たのに7時半に目が覚めてしまった。ちなみに目覚めの音は隣の宿泊客が使うシャワーの音。さすがはチーペストルーム。なんか冷えてお腹の調子が……。

 ともあれ、フロントで電話を借りてイスタンブールへ国際電話し、ガルフエアへのキャンセル手続きをしないと。
 しかし今日のホテルキエフのフロントの兄ちゃん、初めて見た人だけど、ものすごくつっけんどんで感じ悪い。いつもの姉ちゃんかおっちゃんか兄ちゃんは休みなのか。電話を借りようとしたら
「部屋からせえや」
 と。……言われてみれば確かに。でもその言い方はないんじゃないか。でも、それなら部屋からかけるかと戻ろうとしていると、
「仕方ない、一回だけなら使っていいぞ」
 と言いつつ僕のメモを見ながら電話をかけてくれた。が、「この番号、FAXだ」と言ってリザベーションではなく、セールスの方にかけ直した。向こうの人に「こっちはセールス部門だ。リザベーションの方にかけてくれ」と言われても、「そっちはFAXだった」で頑として譲らず、どうにもならなかった。
 仕方ないので部屋に戻り、自分でかけてみるとなんのことはない、FAXではなくテープガイダンスが流れているだけだった。「英語を希望する人は111を押して下さい」って言ってるじゃないか。おいおい! その後は自分で最後まで話し、無事キャンセル手続き完了。

 そして気がつけば10時45分。今からでは今日行くつもりだったcasta(チャスタ)行きのバスに間に合わない。次は13時発か。何やってるんだろう、僕。朝起きてから体調が戻るまで、三時間もかかってしまったしなあ……。あ、よく見たら部屋に毛布ついてたんだ。これは気付かなかった僕が悪いわ。


●おっとり刀の始動
 この後、ツーリストインフォメーションに行き、スロヴァキアのガイドブックを買う。260sk。ガイドブックというより、写真集だなこりゃ。……オラヴァって、いいかも。
 で、時計を見ると10時50分。うーん、今からcastaに行くには……次のバスは12時台か……。どうしようもないので、またいつものテスコのネットカフェで時間を潰す。外は曇っていて寒い。でも真冬日って、関西在住の身なので体験したことなかったけど、ぎりぎりだとそんなにきつくないんだな。

 12時過ぎ、そろそろいいかとバスターミナルに向かう。

 ターミナルの掲示板の表示がスロヴァキア語ばかりなのでどこから乗ればいいのか分からず、インフォメーションで聞こうと思ったが、なんか滅茶苦茶混雑している。
 まあその時になって来たバスに尋ねればいいか。と思ってぼんやりと待っていたら空いたので聞きに行く。チャスタに行くバスは33番プラットフォームから13時00分発らしい。10分後だな。料金は運ちゃんに目的地を告げて払う、おなじみのローカルバス方式。42sk。なるほど。

 出発してはじめのうちはよく空いていたが、下校時間と被りでもしたのか、途中から学生で溢れ返り、激混みになった。
 それにしても、スロヴァキアの地道って初めてまともに車で通ったけど、こんなに交通量が多いとは思わなかった。その割に道路の規模はそんなでもないし、そりゃあ事故も多いわなあ。一時間ほど走る間に二回も見てしまったよ。
 当然の如く車内アナウンスなどはないわけで、今どこにいるのかさっぱりだったが、それでも一時間くらい走った先だとインフォメーションの姉ちゃんから聞いていたので、見当をつけて車窓を注意して見ていると、「castaチャスタ」の看板が。よし、ここだ。
 村の中ほどの停留所で降りる。14時25分。




●古城へ
 それはいいんだが、目指す城は一体どこにあるんだ。案内板とか見当たらないんですが。しかしこのチャスタ、幹線道路沿いとはいえ、さして大きくない村なのに、ホテルはあるんだ。昔ながらの旅籠なんだろうな。
 で、城は?
 皆目見当がつかないので、そのへんをうろついて道行く人を探す。小さい村だから当然だけど、通行人自体ほとんどいないんだ。天気のせいもあるのかなあ。
 村を見た感じでは、ルーマニアの田舎よりはやや近代的……かな。

 ようやく一人のお姉さんを見つけ、行き方を教えてもらう。その教えに従って歩いて行くと……看板発見。
「Hrad Cerveny Kamen」
 チェルベニィ・カメニュ城、かな? ええと……ここから二キロ? いやまあ、それくらい歩くけどさ。この小さい村から、さらにそれだけ山奥に入っていくって事は、小さい山城なのかな? ブラチスラバのツーリストインフォメーションのお姉さんは
「いいよー、お勧めよー」
 って言ってたんだけど。小さくてもなんでも、見応えがあればいいか。

 それにしても、寒い! -10℃はいっているだろう。週明けくらいまではこんな感じらしい。うう、ズボンの下にパッチを履いてくるんだった。上着も薄手のセーターだけではぎりぎりだ。ここまで寒いのは久しぶりだ。正直きついなあ。
 とかなんとかしつつ歩き続け、村を抜け、道の両側に杉林が広がる山道を歩いて行く。キツツキがにぎやかに巣作りに励んでいるのが聞こえる。
 カコカコカコカコカコカコカコカコカコカコ
 こんなところでアクシデントがあったりしたら、僕は行方不明で終わるんだろうなあ……。

 やがて、森が開けた。左右に草原が広がっている。うーん、結局、道中では誰一人見かけなかったなあ。
 で、目当ての城は……え? これ? チェルベニィ・カメニュ城? 嘘……。こんな山奥にぽつんとあるというのに、ものすごく豪壮で立派な城が聳え立っていた。

 あのツーリストっ気のない、小さなチェスタの村とアクセス道路からは想像もつかなかったので、度肝を抜かれてしまった。たまげた。

 後で城のスタッフに聞いたところ、この城は何かのカテゴリーで最大の城らしい。何のカテゴリーだったかは失念。しかも何か、妙にきれいに手入れされていると思ったら、博物館としても整備されているらしい。ならアクセスももっと改善すればと思ったが、地方の常として公共交通機関の利用者は基本的に念頭にないのかもしれない。


●城の中へ
 寒い中を歩いてきて、少し左側の足の付け根が痛かったが、それもすっかり引いた。で、城の脇で羊がのんびりと草を食んでいるのを見ながら、城の中へ……。チケットカウンターはないけど、いいのかな? 人気もないし開いてるし、中、入るよ?

 入ったところに受付のような場所があり、人がいた。受付の姉ちゃんは感じがいい。
 チケットを買いたいと言うと、どこかに電話をして、言われるままに待っていると、兄ちゃんが一人やって来た。どうやら英語を話すスタッフというわけらしい。このお城を見てまわるにはガイドツアーが必要だそうだ。なるほど、それで外国人ツーリストの大人料金は一人130skもいるのか。納得。

 で、なんか15時から英語のガイドツアーのグループが予約しているらしいので、それまで待ってくれないだろうかとの事。時計を見ると、12時54分。あと二時間か。まあ今日の予定はここだけだし、急ぐ旅でもない。待ちましょう。でも、帰りのバスのこともあるから、あんまり遅くならないで欲しいな。
 のんびりと見学コースにない城内の庭園をぶらぶらしたり、外の羊や空を眺めたり、ガイドブック片手に受付の姉ちゃんとカタコトのスロヴァキア語で雑談したりして二時間あまりの時間を潰す。
 さて、そろそろ15時だが……?
 ……来やしねえ。
 15時を過ぎて10分、20分、待てど暮らせど英語のグループどころか、誰一人やって来ない……。
 15時半、さすがに限界だ。もう待てないから今からまわるか払い戻すかしてと言おうとした時、先の兄ちゃんがやって来て、
「来ないので、あなた一人で回りましょう」
 と。……先を越されたか……まああいいけど……。ということで、さあ出発しようとした時、受付に連絡が入った模様。
「今、車がやって来たらしい。数分待って下さい」
 ……う……うううむ……。結局、そのグループさんとやらがやって来たのは、15時40分過ぎだった。
 なんか、いわゆるところの英国紳士っぽいおっちゃんおばちゃん連中。お上品にコートの下にはスーツ、ネクタイ。革靴に男は揃って髭と来た。観光にそんな格好で来るのか。
 六人ほどのグループで、散々遅れてきておいて、平然としているどころかなんか偉そうだ。気に食わない。日本人の感覚では、いくら客でも不義理を働いたのはそっちなんだから、不可抗力かもしれないけど、マナーとして一言くらいあってもいいんじゃないのか、ああ!? しかもこちとらそのとばっちりを思い切り受けてるんだぞ……!? まあ、ここで事を荒立ててさらに遅れても馬鹿馬鹿しいので言わないけど。
 待ってる間、姉ちゃんに何度も謝られたし。いやいや、姉ちゃんは何も悪くないですよお。
 

●城見学ツアー
 で、ツアー開始。

 ガイドの兄ちゃんが逐一鍵を開け、灯りをつけてまわっている。
 まずは城の天守閣ではないが、メインの建物へ。……が、大半が家具とポートレート、武具の展示。正直、退屈。前の二つは興味ないし、武具はプラハでげっぷが出るほど見たしなあ。狩の道具なんてのもあったが、武具とそんな極端な差異は見当たらない。鹿やなんかの首の剥製がいっぱい飾ってあったのが、いかにもヨーロッパらしかったけど。あとは天井のキリスト教のフレスコ画とかかな、面白かったのは。
 が、件のツアーの六人は、やはりお上品でございますようで。この辺りで足を止め、じっくりと語り合っていらっしゃる。……なあ、ガイドの兄ちゃん。つまらんのですけど。順路の最後に隠し部屋があり、その中に入らせてもらったのは面白かったけどね。

 ざっと一通り回り、外に出たのが16時06分。もうかなり薄暗くなってきている。
 これで終わりかな、と思っていたらあにはからんや、僕にとってはここからが白眉だった。
 地下というか、城の基部に下りていったんだが、映画の撮影にでも使われそうな雰囲気の、暗くて広くて高くて古い空間が広がっていた。写真は何度か試したが、暗すぎてぶれまくるので断念した。が、淡い光の中に浮かび上がる、青いような緑のような太い柱の群れは圧巻だった。散々待たされたことも、ここまでのツアーが今ひとつだったことも、全てこの景色が見れたことで吹き飛んでしまった。
 城内の灯りは主にランプだが、それがここには特に多数配置され、ほのかな明かりに照らし出された基部は、不思議な空間を作り出していた。こんな風景、見たことどころか想像したこともなかったよ。現実に、中世の人工物で、こんなに大きくてこんなに幻想的で、こんなにきれいなものがあるなんて……。
 長さ78m、幅15m、高さ15mは優にある大ホール(何かの貯蔵庫だったらしい)をはじめ、縦横に綺麗に整えられた地下空洞が広がっている……。それこそ中世ファンタジー映画とかに出てきそうな光景に、夢中になってうろつきまわっていた。
 これが見れただけで来た甲斐は十分にあったよ。

 元々の正門の扉だったというものも見せてもらった。大ホールの上の方についていて、昔は板を渡してあって、ここから中に入るようになっていたらしい。ふむ、確かにいざという時こんな山城でこんな入り口なら、守りは固めやすいよなあ。
 たっぷり地下のセラー(倉庫)を堪能した後、大砲を装備していた塔の地下にも入らせてもらう。……ここに大砲を数門、置いてたのか……。凄いなあ……。
 ここまで回ってきて目に付いたのが、城内各所に設置されている、灯りではない機器。セコムのようなセキュリティ機器かな。管理は本当にきちんとやっているようだ。

 
見学が全て終わり、最後に城の外に出た時には16時40分を過ぎていた。
 一時間の古城見学、満足しました。この城を勧めてくれたブラチスラバのツーリストインフォメーションのお姉さん、ありがとう。そうでなかったら絶対ここには来てなかったよ。
 ちなみにこの城(Hrad)のポストカードもあったので入手。季節が違うとまるで雰囲気が違うんだなあ。

 ちなみに他に買ったのはこんなの。これらから推測するに、スロヴァキアのハイシーズンは春なのかな。確かに軽やかで可憐で、雰囲気がいい。
 


●ブラチスラバに帰ろう
 それはともかく、もうすっかり夜になってしまっている。
 空にはまだ微妙に昼の光の残滓が残っているので、それが消えないうちにと山道をチェスタ村目指して急ぐ。残滓があるといってもそれは広場だけの話で、森の中の道になると完全に闇のトンネルになってしまっている。前後に人影など全くない一人ぼっちで歩いているわけだけど、この辺りの森って猛獣がいたりしないよな?
 確か、17時15分頃に通りかかるバスの便があったはず。
 そうやって灯りもなく、人通りもない道を一人、てこてこと急ぐ僕を、先の英国のお上品でいらっしゃる紳士達の乗ったバスががーっと抜き去って行った。無視ですか。多分そうだろうと思ってたからいいけどね。この紳士連と一緒じゃなかったら、もっと楽しかったろうなあ。

 で、17時過ぎ、森を抜け、山道が終わり、チャスタ村に到着。
 と、一台の車が横付けして、一人の兄ちゃんが降りてきた。何事かと思って見てみると、どうやら道に迷っているようだ。僕に道を尋ねてきている。いや、聞かれても困るんですが、この辺りの道なんて知らないし、それ以前にガイドブックの超基本会話以外のスロヴァキア語は分からないから、何を言ってるのかさっぱり分からないんですよ。すいませんねえ……。
 けど、いくら寒いのでジャンパーにセーターに帽子にマフラーと完全防備して、さらには夜の近い誰彼時だったとはいえ、こっちが口を開くまで村人と信じ込まれていたってのは……確かにスロヴァキア人の中にはアジア人っぽい顔の人はいるけどさあ。外人がいるような村じゃないってことか。でも僕、こっちの人にしたら背が低いでしょ? まさかヨーロッパで現地人に間違えられることがあるとは思ってなかったよ。

 バスストップに移動し、ブラチスラバ行きのバスを待つ。
 ……と、一人の爺さんが近寄ってきて、何事か僕にまくし立て始めた。ごめんおじいちゃん、何言ってるか分からないんだ。えらい勢いでまくし立ててくるだけで、ジェスチャーも何もあったもんじゃないから何が言いたいのか全く分からない。また外人だと思われてないんじゃないかと思い、シンプルに
「アウトブズ、ブラチスラバ」
 と言ってみたが、全く変化なし。ネイティブな喋りが延々と続く。それもなんかなじられてるような口調で一方的に話し続けるだけだし。数分耐えたが、いい加減嫌になってきた。こっちが何か言ってもジェスチャーしても、全く無視してくるし。かと言って、バスを待っている手前、ここから動くわけにも行かない。いい加減切れて、一度大声で
「ニェ(NO)! スロヴァキア!」
 と叫んでみたが、その一瞬黙っただけで、すぐにまたまくし立てだした。辺りには他に誰一人として人影はないし、どうしよう……。バスもまだ来ないし……。
 本気で我慢の限界に来たので、逃げた。なんか追って来そうな感じだったので、決然と、早足で歩いて振り切った。するとその爺さん、たまたま近くに現れた村人を見つけ、そっちに同じように話しかけていたが、村人には顔も見ずに適当にあしらわれていた。なるほど、そういう人だったのね。
 それにしても、今日は起伏の激しい日だなぁ。ええい、バスはまだか!

 17時23分、やっとバスが来た。そんなに混んでおらず、ここで乗り込んだのも5,6人。夜の都会行きはそんなもんだとはいえ、行きとはえらい違いだ。座席に座ってゆっくりと流れる夜景を見ているうちに、いつの間にかうとうとしていた。はっと気がつくと、バスはブラチスラバ市内に入っていた。乗客はわずか三人。
 と、一台の乗用車がバスの前に入ってきた。相対速度が同じくらいで、車間距離も確保せず、加速するでもなく、バスが減速したわけでもないのに当たり前のように。当然、バスは全力で急ブレーキ。事故の0.1歩手前だったぞ、危ないなあ。
 この国の交通マナーの意識の低さにあきれつつ、18時28分、ブラチスラバ着。


●一杯飲んで寝ます
 夕食はまたしてもホテル前のピザ屋でピザ。あ、そういや今日は昼食摂ってないや。
 いつものようにテスコでネットの後夜食・朝食を買い込んで、21時半頃ホテルに戻る。

 部屋に戻ってバスルームを見ると、バブルバスという名前の使いきりシャンプーのような袋が置いてあった。これはあれか、映画でよく見る泡のお風呂にするやつか。さっそく使ってみる。うわあ……なんだこれ。本当にこんなに泡泡になるもんだったのか……ああ、面白かった。

 今日は毛布もあるし、夜も心強い。日記を書いて、ビール飲んで寝よう。……そういや、明日はどこに行こう? ツーリストインフォメーションの姉ちゃんのお勧めに従って、オラヴァかタトラにでも行くか、もう一回ハンガリーに行っておくか。
 ……昨夜もそうだったけど、外がうるさい。下のクラブのカラオケの音がガンガン響いてくる。安い部屋だから仕方ないなあ。

 それにしても、やっぱりピルスナーはおいしい。この旅で僕が気に入ったビールは三つ。チェコのピルスナー、ラオスのビアラオ、そしてルーマニアのウルスス


スロヴァキア 12月14日(土) ブラチスラバ → ポプラド・タトレイ → タトランスカ・ロムニツァ


●移動開始
 また2時に寝て、9時15分起床。外はいい天気だ。
 なんとなく、タトラに行ってみようかなという気分になってきた。時刻表を調べてみると、どのみち次にそっち方面に向かう列車は昼過ぎなので、それまでの時間つぶしと情報収集を兼ねて、テスコのネットカフェへ。
 ヤフーの天気予報によると、寒さが厳しいのは日曜までらしい。それはいいんだけど、プラハとブダペストの予報(間のブラチスラバの予報は載ってない……)を見ると、来週はずっと雨模様らしい。それも「曇り時々」とかではなく、きっぱりと傘マークのみが並んでいる。マジか……。この後見たいと思っている所は全部、見晴らしのいい景色系ばっかりなんだけどなあ。

 ま、ともかく動こう。目指すタトランスカ・ロムニツァの地図もプリントアウトできたことだし(本当、いい時代になったもんだ)。案ずるより生むが易し、だ。
 12時前、ホテルキエフ(KIJEF)のクロークに預けていた大リュックを受け取り(2時間で10sk)、トイレに行き(5sk。ってここはホテルのトイレなのにお金いったのか)、体勢を整えて外へ。顔なじみになったボーイさんがカタコトで
「サヨナラ。ヨイタビヲ」
 と言ってくれた。ジャクイエムDakujem(ありがとう)。

 トラムに乗ってブラチスラバ中央駅へ。
 中央駅に着く直前、トラムの車内で検札があった。もうちょっと早めに始めればいいものを、遅かったものだから途中で到着してしまい、待たずに降りていった人もいた。でも、同じ検札でも感じが違うもんだな。私服の兄ちゃんが職員証を見せて「チケットを」とやるんだけど、そのスタイルは同じなのに、ベルリンの時のような尊大な感じは受けなかった。


●Go East
 で、中央駅でタトランスカ行きのチケットを購入。窓口で買ったら361kmの距離なのに376コルナ。

 安いよなあ。国内便だとこうも安いのか。……あれ? でも、これ、一枚だけ? 僕としては今から可能な一番速い便で向かいたいんだけど。一等列車代は出せないけど、特急料金なら出すんだよ。合ってる? それに、ダイヤを見たら次は13時35分発のエクスプレスがあるはずなんだけど……。どうにも不安になってきたので先の窓口に行って確認してみると、それは別の窓口だと言われた。なるほど、そういうわけね。尋ねてよかった。
 で、言われた窓口で「ポプラドまでのエクスプレスチケットを」と言うと、あっさり特急券が発券された。料金はなんと10sk。いくらなんでも安すぎないか、それ?


 13時05分、早くも列車が入線してきた。さすがは始発駅。寒いホームでぼーっと待っていたが、少しでも早い方が助かるよ。
 2等禁煙車、4号車の51番。8人コンパートメントだ。八人掛けか、満席になると少しきついかな。でもさすがは特急、いいシートを使っている。
 13時12分、今のところ乗客は4名。僕以外はみんなおばさんだ。うーん、この国の男性は喫煙者が多いからかな?

 検札も終わり、列車はかなりの速度で平野の中をかっ飛ばしていく。
 霞の向こうまで平野が広がり、たまにぽつり、ぽつりと村が姿を見せ、ずっと向こうに木々が立っているのが小さく見えると、なんか新鮮な感動を覚える。スロヴァキアの家屋は屋根が赤や茶で濃く、壁は白系統が多いように思う。そして畑は茶、緑。このどこまでも続く広がりを見ていると、素直にいいなと思えてくる。

 池に氷が張って、その上では子供達が大勢、スケートを楽しんでいる。緯度が日本より高いこともあり、季節柄、14時30分でもう思いっきり西日だ。
 14時40分、トレンチーン近くで南側の車窓から、岩山の上に聳え立つ大きな廃城が見えた。いいなあ、こういうの。絵になるなあ。車内からだったのでうまく写真は撮れなかったけど。にしてもヨーロッパは城、協会の尖塔と、畑や野山とコントラストをなす建築物が多いなあ。この城も、こんなに立派なのに手持ちの全国地図には載ってなかったし。これぐらいのものは珍しくもないってことなのか。
 うわ、小川まで氷結してるよ。寒いんだなあ。
 国を巡ってみると、太い高速道路も近代的ビル群もしっかりと存在している。正直そんなに大きくない国で、首都もそんなに大きくないけど、そんなに遅れてるってわけでもないようだ。トレンチーン城が見えた。写真を撮りたかったが、線路があまりにそばを通るため、うまくいかなかった。仕方ないか。

 14時49分、トレンチーン着。向かいのおばさんが降り、入れ替わりに兄ちゃんがやって来た。2分の停車ですぐ発車。少し遅れてるのかな? トレンチーンもそんなに大きくはないが、堂々としたたたずまいの町で、地方の中心都市らしさを感じる。規模的には8万〜10万人くらいの町かな? ブラチスラバが45万人だから、そんな感じ。

 トレンチーンを出たら、左右に山が近付いてきた。
 15時00分過ぎ、湖(ダム湖?)のそばを通る。このへんから、山が段々迫ってきだした。いよいよ山地に突入か。山肌や道が、白くなってきた。寒いんだろうなあ。
 にしても、断崖の上の廃城、ブラチスラバからここまでの間にもう三回も見た。なんというか、本当に城が多いんだな。それ以外の城もそこらにあるし。

 15時27分、駅のホームには積み出し用の木材が山と積まれている。山間部に入ったことを実感。
 何度か湖や川を見かけるが、どれもこれも、しっかりと氷結している。人が上でスケートをしまくっている。結構大きい湖でも同じようにスケートを楽しんでいる人の姿を見る。凄いなあ。氷上を、犬の散歩をしている人もいる。ここでの氷上の遊びはアイスホッケーが基本なようだ。みんなスティックを持ち、パックを追い掛け回している。そういやブラチスラバ城でも特設コーナーがあったし、スロヴァキアではアイスホッケーが盛んなんだな。

 この列車、ブラチスラバを出て四つ目の停車駅が目指すポプラドだ。一時間に一回停車するペースだ。さすがはエクスプレス。
 15時42分、ZILINAに停車。向かいの兄ちゃんが降りていった。ちょっと古色を感じさせる駅だ。正直言うと、少々暗い感じだ。町は……急な山肌に張り付くように、ぱらぱらと家がある。でも、町自体は大きい工場もあり、結構栄えてる感じだ。そりゃあ仮にも特急が停まる駅のある町だもんな。さすがにトレンチーンよりは小さく、3〜5万人規模といったところか。ここは谷間が少し開けていて、高い山はないが、なんとなく信州を思い出す風景だ。
 向かいの席には今度はおっちゃんがやって来た。4人はコンパートメントに入るようになってるのかな。
 そういやこの国の人、知り合いじゃなくてもコンパートメントに出入りする際、
「ドブリー」
 と声を掛け合うんだな。すごく感じがいい習慣だ。ちなみ「ドブリー」というのはあいさつの接頭辞。こんにちはが「ドブリーデン」、こんばんはが「ドブリーヴェチェル」など。

 次第に谷が深くなってきた。川と線路と道ばかりの狭い谷を行くことが増えてきたし(川幅はまだまだ太いが)、川は凍ってないし、人家はないし、鉄橋やトンネルをやたらと通るようになってきたし。
 16時05分、2回目の検札。管区が変わったのかな。
 それも終わると完全に日が落ち、日光の残滓があたりの山村をぼんやりと照らしているばかりだ。ああ、それにしてもお腹空いたなあ。ブラチスラバで何か買っておくんだった。向かいのおっちゃん、タバコを吸いに外へ。スモーカーなら、なんで禁煙車両にしたんだろう?
 列車は夜が近付き、色を失った冬の水墨画のような景色の中を進んでいく。聳え立つ山。山すそからすぐに始まる太い川。川岸ぎりぎりを線路が通っている。木と山の灰、雪と川と空の白。玄妙な冬の光景が広がっている。ヒースの木が所々にそびえているのが、いかにもヨーロッパだ。

 16時30分、完全に日が暮れた。たまに見える外の明かりから察するに、今進んでいるのは山あいとはいってもそこまできつい谷ではなさそうだ。木曽路のようなのではない。
 16時40分、定時にLIPTOVSKY MIKULASに着いた。明るい感じの駅だ。清潔感が漂っている。そして街灯が明るい。建物もボコボコではない。リゾート的に開発された町といった感じだな、ここミクラーシュの小ささとクリーンさは。


●ポプラドからタトラへ
 その次の停車駅、目指す乗換駅のポプラドには17時20分に着いた。大きい駅だ。
 で、ここから出ているはずのタトランスカ・ロムニツァ行きは……17時40分? 特急に乗ったからこそ間に合った便だな。素晴らしい。けど、どこから発車するのか、プラットホーム番号が出てないぞ? そういやなんか、メインのホームに直角に隣接しているホームがあるんだけど……これかな? これまで乗ってきた幹線と違い、山に向かう支線だし。
 10分ほどうろついたが、わからない。駅員さんの姿も見かけないので、仕方なくそこらにいたおばちゃんに尋ねる。と、
「この上の直角についてるホームじゃなくて、下から出るわ。短い車両よ」
 とのこと。ジャクイエム!。

 急いで下に行くが、それらしいものは見当たらない。POPRAD-TATRY、ここ始発のはずなんだが。やっと見かけた駅員さんに尋ねると
「少し待って」
 とのこと。駅員さんが言うんだから、待っていたら何とかなるんだろう。その場で待機に入る
 大人しく待っていると、目の前に停まっていた17時39分発の長大編成の幹線を走る列車が出て行った。と、その向こうに一両だけのディーゼル車が停まっていて、人が乗り込んでいる。
「あれだよ」
 あれかあ!
 こんなかくれんぼみたいなことしてたんなら、情報もなく初めて来た身では分からないのも無理はない。

 急いでそっちに移動。一両だけでも乗務員は二人いる。システム的に、列車内で検札しないといけないからなんだろうな。
 ああ、久々にもろにローカル線のムードだ。いつ以来だろう、こういう小さな列車に乗ったのは……少なくとも一両のみの列車なんて、今回の旅では初めてだ。
 この列車は快速で、しかも数少ないタトランスカ・ロムニツァ直通便なので助かる。一両だけなので、コンパートメント式ではない。まあまあの乗車率の列車は、夜の闇の中をローカル線らしくガタゴトと約30分走り、18時07分、終着のタトランスカ・ロムニツァに到着した。


●リゾート地、タトランスカ・ロムニツァ

 外に一歩出た瞬間、思わず叫んでしまった。
「寒い!」
 うひぇえ、ブラチスラバとは明らかにレベルが違う。強烈な冷え込みだ。山の中の、しかも高山のふもとだとは分かっていたので、今日は念のためにパッチを履いていたんだけど、ラッキーだった。

 街灯に照らされた駅前は、ホテルの客引きどころか雑貨屋もきっぱり閉まっている。夜だもんなあ。17時までが営業時間だったようだ。
 常夜灯もそんなに多くなく、まばらな木立の中に見えるのは、点在する別荘やロッジ、アコモデーション(宿泊施設)のみ。さすがは一からリゾート開発された町だけあって、ゆったりした土地にホテルばかりが建っている。歴史とか、人々の生活臭とかは感じられないが、山の懐に抱かれた感じで、雰囲気はなかなかいい。広々としていて静かだし。
 空を見上げると、星がきれいだ。すばるが天頂より南で輝いている。日本より緯度が高いことを改めて実感。

 これまでリゾートには背を向けてきたが、オフシーズンのリゾート地って、いいかもしれない。宿も安いし(^^;
 昼間にブラチスラバでのネットで見当をつけていた、三ツ星ホテルの「さざんか」……じゃない、「SAZANKA」(現地の地図ではSASANKA)に行ってみる。駅からはそこそこ離れているけど、安いはずだし、まずは見てみよう。暗い中を歩いていくが、人気はないし、静かだし、樹木の密度もまばらだしで、危険は全く感じない。
 辿り付いたサザンカホテル、フロントの姉ちゃんも愛想がよくていい感じだ。一泊シングルで528sk、朝食が80sk、税金が30sk。このグレードのホテルでこの値段とは。安い。さすがオフシーズンだ。この周囲には店も何もないので、朝食は頼むことにした。食事の時間は7時30分〜9時00分。えらく短いな。やはり客が少ないのかな。後で夜の散歩に出た時、外から見てみたら、20時現在で明かりがついていた客室は二部屋のみだった。

 考えたら朝食の後、何も食べていなかったので、レストランの場所を教えてもらう。駅前まで歩いて行かないとないらしい。そうじゃないかとは思っていたけど。スーパーやマガジンはもう閉まっている由。仕方ない、行きますか。

 フロントでこの町の地図をもらい、それを手に駅そばのレストランに行ってみる。が、現地語しか通じそうにない。手持ちのスロヴァキア語会話って、歩き方に載っている1ページだけだから無理だよなあ。挨拶、返事、超基本単語、数、曜日、月でページのほとんどを割いて、会話は「ここはどこですか」「〜はどこにありますか」「〜まで行きたいのですが」「お勘定お願いします」「〜がほしい」しか載ってないし。……現地語で会話させる気ないだろ。

 ふと思いついて、高級ホテルに行ってみることにした。ホテルスロヴァキア。うん、やはりレストランは併設している。こちらに決めて入っていくが、メニューはスロヴァキア語とドイツ語のみだった。ううむ。スタッフもほとんどが英語を話せない。リゾート地と言っても、ドイツ語圏以外の外国人一般に対してはまだまだこれからなのか。
 仕方ないので通じる言葉を探してなんとかコミュニケーションを図り、ビールとスープ(ズープ)、スパゲッティを頼む。が、これだけでは根本的に足りない。そこではっと気付き、『地球の歩き方』に載っている料理を見せてみた。これなら写真と現地語でのメニューが載っているから……なんとかなった。カツレツと付け合せのキャベツのサラダ、そしてフライドポテト。油ものだが、まあよし。おいしかったし。
 これだけ食べて、320sk。そんなもんで済んだのか。つくづく、なんとかなるもんだ。

 その後、冷え込みが厳しい中、せっかくだからと夜のタトランスカ・ロムニツァの林の中をのんびりと歩き回り、星を見上げたり、夜のしじまに耳を澄ませたりしながらさざんかの宿へ戻る。ここに着いてから今までの間、ただの一台の車も見かけなかった。どれだけ人が少ないんだか。
 ネットは少し離れた丘の上にあるグランドホテル・プラハにしかないとのこと。少し遠いし、何よりこの凍て付いた夜の大地の上を歩いて丘の上に行くのは滑りそうで、きつい。明日にしよう。

 サザンカの宿に入り、水分補給用にファンタを2リットル買って(80sk)部屋に戻る。シャワー、洗濯とこなし、この値段でもありがたいことに標準装備になっているテレビを見ながら日記を書いて、寝る。


スロヴァキア 12月15日(日) タトランスカ・ロムニツァ


●タトランスカ・ロムニツァの朝
 7時半起床。やはりというか、曇っている。まあ、ガスってはいないようだけど。ホテルのレストランで朝食。さて、今日はどうなることか。

 10時過ぎに下に降りたら、なんかチェックアウトしてる人が10人ほど。同じグループのようにも見えないんだけどなあ。なんで一斉にこのタイミンクで?(後で考えたら、日曜なんだから週末を利用して来てた人がチェックアウトするのは当然なんだった)
 それとは別に、ヨーロッパに来てからこっち、短髪で黒の革ジャン姿の兄ちゃんをそこここで見かけるが、ファッションなのかもしれないけど、正直言ってみんな悪人ぽく見えてしまう。表情がきついからなのかな。
 それはそれとして、今夜の宿代を払う。なんでも明日の朝は朝食がつかないそうだ。月曜はそうなのか、宿泊客が少なすぎるからか。ま、いいや、どっかで何か買おう。

 10時半に外に出る。

 今日は何はさて置き、山に登ろうと思う。ここタトランスカ・ロムニツァに来たのは、ここから登れるタトラ山が素晴らしいと聞いてきたからなんだし。空は曇ってるし、それどころか雪が少しちらついてきてるけど、それはそれだ。もっと悪くなる前に行ってやれ。


●タトラ山登山開始……登山?
 めざすは頂上、Lomnicky stit。スロヴァキア国内2位か3位くらいの高さの山だと思う。
 ちょうどホテルサザンカから歩いてすぐのところが、登山用のロープウェイ乗り場になっている。行ってみると、日曜だからか、こんな季節だというのに、結構人がいる。ロープウェイ代は往復で300sk。
 裏面
 次の発車は11時00分とのこと。少し待つことになるのか。了解。
 それにしても、意外といえば意外なんだが、乗り場前に駐車している車、隣国のハンガリーナンバーのものが多い。「クスヌム(ありがとう)」なんてハンガリー語も耳にするし。ハンガリーの人にとってもここは人気スポットなんだろうか。確かにハンガリーは平原の国だから、高い山を見てみたくなるのかもしれない。

 とかしているうちに11時になった。
 やって来たロープウェイは、四人乗りの小さなものだ。これが次々にやって来る。なるほど、スキー場のリフトみたいなシステムか。乗り込んだロープウェイはそんなにスピードを出すこともなく、10分少々で標高903mのTATRANSKY LOMNICAから、標高1,700mのポイントまで上がってきた。
 森林限界の少し上にあるんだが、途中、その森林限界のあたりで雲が切れ、澄んだ青空が広がり、日の光が差し込んできた。これは幸運。

  
 白と黒の入り混じった山の頂が聳え立っている。そして眼下には雲海が広がっている……。雲海なんて、飛行機以外で生で見たのなんて、いつ以来だろう……。しばし、時を忘れて見とれてしまった。やっぱりこの世は美しい。ヨーロッパの旅を延長して本当に良かった。ツーリストインフォメーションの人が勧めるわけだ、うん。

  
 ちょっと周囲を散策する。霜柱をざくざくと踏んでいく感触、久しぶりだ。(wavファイルがあります。本当に歩く音だけですが、それでもよければ(^^;)
 ガラガラと転がる礫岩で作られた散策路、上下に急斜面となって登っていく、また落ちていく山肌。そこに群生する植物、そこで暮らす動物、鳥……。いいわあ、ここ。


●頂上へ
 次は、ここからさらに標高2,633mの高みにある山頂まで一気に昇るロープウェイだ。
 
 急角度に伸びているが、山の斜面と平行になっているわけではないので当然途中の支柱はない。……よくもまあ、あんな険しい天辺に建物を建てたなあ……。
 山頂へのロープウェイは12時30分発、往復350sk。高いのは確かだけど、登山ロープウェイだし、このくらいの値段は普通だと感じるなあ。

 15人乗りのゴンドラに10人ほどが乗り込み、いざ、頂上へ。地面との距離が開いているので、何もない空中をぐいぐい昇っていくような錯覚を覚える。みるみる眼下の景色が遠ざかっていく。



●天と地の狭間で
 そしてついに、険しい岩山の頂に作られた観測所兼展望小屋へ到着。
 ……凄い……。本当に山の天辺だ。観測所がメインなんだろうけど、ロープウェイに乗るだけで、こんな所まで登れてしまうなんて……いいんだろうか。戸惑ってしまう。
 狭い岩山の上の建物なので、さすがに歩き回れるところはそんなにない。建物と、少し離れた所にある見晴台だけだ。せっかくなので、他の観光客に写真を一枚撮ってもらう。新ジャンパーだし、さすがにここでは記念に一枚欲しかった。自分から撮ってくれるように頼むなんて、この旅では初めてだ。
  
 おお、カラスが一羽、こんなところを飛んでいる。よくもまあこんな高さまで飛んできたものだ。高山に生息する鷲なら何度か姿を見かけたが、カラスまでいるのか。
  
 周囲をぐるりと見渡すが、まさに絶景。連なりそびえる山々の岩と雪。そして眼下遥かに雄大に広がる大地、雲海。天を仰げば全天一杯に澄み渡った空、そして太陽。
 
 ううん、こんな景色を切り取るのに、デジカメしかないのが悔しい。これは銀塩カメラで撮りたい景色だ。
  
 なんだかんだで一時間ほど浸り、堪能し尽くしてから下に降りる。


●タトランスカ・ロムニツァでゆったり

 山の上の方が気温が低いはずだが、山頂では無風で日が照っていたためか、下の方がずっと寒く感じる。
 タトランスカ・ロムニツァまで下ってきてもまだ15時前と時間があるので、ミュージアムとシネマにでも行こうと出かける。が、どっちもきっぱり閉まっていた。あいたあ。

 ……そういえばお腹が空いた。朝食食べたっきりだったっけ。でも、さすがは日曜日。どこもかしこも閉まりまくっている。唯一、バスステーションそばの軽食スタンドが開いていたが、なんか気分が乗らなかったのでやめ。
 少し離れているが、グランドホテルプラハに出向き、ネットをする。当然日本語環境はなかったが、日本語プログラムをダウンロード&インストールさせてもらう。ここの通信速度、モデムの364キロか? 遅いけど仕方ない。料金は1時間80コルナ。ちょっと肩が凝ったかな。でも、やはり日本と連絡を取っておくと安心だ。

 時計を見ると18時。一度ホテルに戻って体勢を整えてから夕食に出かける。もうこれだけ店が閉まっていると、明日の朝食は抜くか、フロントで売っているチップスで済ませるしかないな。
 昨日で味をしめたので、ホテルサザンカ近くのホテルレストランに行こうと思う。が。どこもかしこもレストランどころかホテル自体が閉まっている。シーズンホテルなのか。この辺りは駅からちょっと歩くし、仕方ないのかもしれないけど、ここ、オフシーズンは人が来ないんだな、つくづく。参った。
 結局、昨日の何倍も歩き回った挙句、昨日と同じホテルスロヴァキアに行き、昨日とほぼ同じメニュー。変更点はスープをヨーグルトに、カツレツをチキンにしたことくらい。335sk。

 ホテルに戻ってドリンクとチョコ、チップスを買う。シャワーを済ませて日記と写真整理。毎日のことだが、これが時間がかかる。さて、明日はどうしよう。ここは気に入ったからもう一泊するか、もう一気に動いてハンガリーに再突入するか……。



スロヴァキア共和国 Slovak Republic → ハンガリー共和国 Republic of Hungary
 12月16日(月)  タトランスカ・ロムニツァ → ポプラド・タトレイ → コシツェ → ブダペスト



●雪降る朝
 よく寝た。12時に寝て、9時40分に起きた。
 外を見ると、夜の間にそれなりに雪が降ったようで、かなり白くなっている。そういや昨日のテレビで、ブラチスラバに雪が降り、交通事故が続発したって言ってたっけ。……って、よく見たら今も雪、降り続いている。すごく粒の小さい雪だけど。

 さて、どうするか。今日ここを出るか、延泊するか。
 時刻表を調べたところ、かなり遅いタイミングでもブダペストまで行けてしまうことが分かっているし、ブダペストは二度も深夜到着しているからなんとかなることも分かっているので、余計悩んでしまう。
 対してここに残った場合、特にすることがないんだよなあ。
 ……やっぱり動くか。もう残り時間も少なくなってきたことだし。旅のはじめのうちなら、ここに数日は逗留していたのは間違いないだろうけど。

 動くと決めたら、次はプランだ。
 今日は一気にハンガリーのブダペストまで行くつもりだが、ルートはブラチスラバに戻らず、東回りでスロヴァキア第二の都市、コシツェを経由して行こう。はじめはコシツェまでバスで行くことを考えていたが、この時間では、というかどんどん雪が強くなるこの天気ではちょっとなあ。確実を期すならやはり列車だな。よし、決まった。


●ポプラドへ
 サザンカホテルをチェックアウトし、駅に移動。
 時間があったのでスーベニアショップに寄り、ちと物色。山の写真(25sk)とTシャツ(185sk)を買う。それからスロヴァキアコルナが不足しているのが分かっていたのでアメリカドルを両替しようと思ったが、両替屋は閉まっていた。うお。仕方ないので手近のバンコマット(銀行)に行って下ろす。


 タトランスカ・ロムニツァの駅に移動し、ブダペストまでのチケット購入。料金は普通車の乗車券のみで、1201sk。ま、国をまたぐし大回りなルートだし、ハンガリーの物価はスロヴァキアより高いし、そんなもんかな。
 で、12時20分。時刻表を見ると、次は12時50分発になっているのでのんびりしていたら、なんか他の乗客達は動き出している。なんだろうと思ってチケット売り場のおばちゃんに尋ねると、12時26分に電車が出るらしい。向こうのホームに停まっている二両編成の、めったやたらに新しくて立派なやつか。

 この列車、ポプラド行きと出てなかったので違うかとも思ったが、駅員さんに確認すると、途中でポプラド行きに接続するらしい。なるほど。
 実はポプラドからここまでの路線は二つあり、これは僕が乗ってきたのとは別の路線を走るらしい。そっちは便数が少ないからチェックしてなかったよ。慌てて飛び乗る。

 うーん、汽車(ディーゼル車)ばかりだったので、電車の乗り心地は久しぶりだ。またこの路線が、見事なまでの山岳路線で。ここまでくねくねと曲がる実用路線なんて、生まれて初めてだよ。時速も10km/hほどしか出てないんではないだろうか。雪林の風景とともに、珍しいものに乗れた。これは嬉しい。
 わずか10分ほどで乗換駅、Stary Smokovecスタリー・シュモコヴィツに到着。

 珍しいアジア人旅行者が物珍しげにキョロキョロしていたからか、車掌さんが
「ここで4分の接続ですよ」
 と教えてくれた。
 乗り換えた次の列車も小さな編成で、それなりに混んでいる。そしてこの電車も、こんなのありかってぐらいくねくねうねうねと曲がりくねった線路を進んでいく。楽しいなあ。そんなに急勾配というわけではないが、これは勾配を避けるため、かつ元の地形に極力沿った形にしたためなんだろう。手間を省くために切り通しとかを作らず、昔の非力なSLでも楽に走れるように敷いたレールってとこかな。広軌じゃないし。
 この電車も7,8分走ったところで山地を抜けた。眼前には平らな畑が向こうまで広がっている。レールもまっすぐに伸び、電車もスピードを上げた。また、ここの景色がいい。うっすらと雪化粧した平野に薄日が差して……。
 13時09分、ポプラド着。最初にここに来た時、直角に交わっているレールがあるなと思っていた、そのホームに到着。なるほど。



●コシツェへ
 ここからコシツェに行くには、方法は二つある。13時30分発の各駅停車か、14時40分発の快速か。コシツェに着くのは5分しか違わないという。でも、ずっとポプラドで待っていても暇なので、各駅停車に乗って行くことにする。こっちの方が絶対空いてるし、地元の人の生活をより近いところで見られるし。
 車両はお馴染みのディーゼル式の客車列車だった。ポプラドは主要駅なので乗降客が多いが、他の駅はそうでもなかった。

 途中、また雪っぽいながらも雄大な平野の景色が広がった。やはり様々な景色が見られるのは楽しい。動いて正解だった。

 と、途中の駅から体調の良くなさそうな女性が乗ってきた。気分が悪いのには正露丸では効かないだろうしなあ。駅員さんも集まってきて、心配そう。女の人は14時00分に停車した主要駅のSPISSKA NOVA VESスピシュカー・ノヴァ・ヴェス駅で降りていった。大丈夫かなあ。
 とりあえずほっとしたら、お腹が空いてきた。何か買ってから乗ればよかった。って、なんかここ最近、毎回同じ事を言ってる気がする。日本のおにぎりって優れものだったんだなあ。それにしても発車しないなと時刻表を見たら、ここの停車時間は18分もあった。道理で。支線が出ているので、その接続の関係なんだろうな。列車に乗り込んでくる人の波が何波にも分かれて来るし。もちろんこの列車の最長途中停車だ。

 こういう鈍行列車でも、禁煙車がきっちりあるのが嬉しい。雪はだんだんやんできた。寒さも、昨日までのことを思えばかなりゆるい。明日以降は雨になるって本当かな。だとしたら、毎日必ず氷点下になってるから、地面は凍結しまくりになるな。ああやだやだ。
 コシツェに向かう中、列車は山あいを行く。山と雪と木と水と。雪が少なく、なんか日本にもありそうな景色だ。

 見てるとなんか切なくなってきたよ。そんな気分のまま、コシツェ着。


●コシツェ散策
 車窓から見ていると、コシツェはスロヴァキア第二の都市だというが、都市圏のようなものは見当たらず、ぽっこりと現れた印象だ。ちらっと見ただけだけど、明石か加古川かといったところかな……? まあ、町なのは確かだ。

 次のブダペスト行きの時刻をツーリストインフォメーションで確認するが、やはり時刻表どおりに18時14分発までないらしい。かなり時間があるので、薄暗がりの町を、少しでも明かりの残っているうちに見ておこうと繰り出す。中心部をざあっと歩いて見て回り、駅に戻ってきたが、なかな風格と雰囲気のある、いい町だ。

 列車の時間までまだかなりあるので、とりあえず、トイレに行こう……と思ったら、コシツェ駅のトイレは全て閉まっていた。どういうことだ。隣接しているバスターミナルのトイレが5skで使えたからよかったようなものの。

 さて、こうなってくると次の問題は空腹だ。ブダペスト着が22時過ぎの予定だから、ブダペストでは何もできないと考えておくべきだろう。レストランは……いかん、タイミング的なものか激混みで無理だ。駅の中をうろついて、雑貨屋でサンドイッチを水とともに購入。ふう、とりあえず人心地はついた。そして、ちょっと余り気味のコインでビスケットを買っておく。いいのがなければこれを夕食にしよう。
 もうブダペストはパピヨンというホテルのあてがあるので、深夜着でも平気だ。

 時計を見ると、まだ17時00分。もっとのんびり町中を見てくればよかった……。ネットカフェはあるし、一時間40skと高くもないが、どうせ日本語は無理だろうし、今回はやめておこう。待合室でぼーっとしつつ、この日記を書く。それにしてもこの旅日記、この分だと旅の最後まで続きそうだ。子供の頃から日記帳につける日記なんて、二日までしか続いたことがなかったのに。
 ……チュッチュッ。チュッチュッ。ん、なんだ?
 ……やはり、中欧では天下の往来で熱烈にいちゃついているカップルはいるものなんだな。もう慣れたとはいえ、せめて静かにやってくれ。うるさい。数メートル横で盛大にやられると、日本人の僕としては身の置き所がなくて困る!


●慣れてきたボーダー
 とかしているうちに、ようやくブダペスト行き列車の番線が表示された。2番線だ。ホームに行くと、既に列車は入線を終えていた。人気がないけど、この列車でいいんだよな?
 二等の禁煙席に座って待つ。定刻の18時14分、例によって何の合図もなく、静かに動き出す列車。こっちではまだまだ客車列車が当たり前だから、運転が上手い人が多い。っておいおい、コンパートメントに僕一人なのはいいとして、この車両自体、他に人の気配がないぞ。このルートは人気がないのかな。

 発車してすぐ、検札が来た。この列車、コシツェを出てからブダペストまでの間、途中停車するのは四駅だけで4時間近く走るのに、乗車券以外の追加料金が要らないR(ラピッド)列車なんだよな。
 20分走ってハンガリーとのボーダーの駅に到着。というか、もうハンガリーに入っているはずだ。さすがにもういい加減慣れたなあ、スロヴァキアとハンガリーの出入国管理官が一緒にやって来る光景にも。考えたらこの二国間のボーダーを通るの、これで三回目だもんな。
 まずはスロヴァキア出国。「ドブリーデン(こんにちは)」と「ジャクイエム(ありがとう)」くらいしか自然に出てくるスロヴァキア語はないが、それでも使うと喜んでくれる。あ、スタンプ押してくれるのか。ここはHIDASNEMETIヒダスネメティ駅だが、押してもらったのはスロヴァキア側ボーダーのCANTAチャンタのスタンプ。そりゃそうだわな。
 続いてハンガリー入国。「Where are you going?」「Tourist?」のお決まりの二つの質問に答えただけで終了。こっちも入国スタンプを押してくれた。「クスヌム(ありがとう)」とハンガリー語で。
 この二人の後にも、何人かのスタッフが続く。税関とかがある場合に備えてなのかな。なんにしても利用者の少なそうな便だ。
 一人のハンガリー人のスタッフが僕を見て、笑顔で
「ヤパン、ジャパ…ジャパン」
 と言って手を振って去って行った。本当、日本人の海外での信用って怖いぐらいにあるよなあ。先人の足跡に改めて感謝。こんなマイナーなボーダーでもこの扱いだもんな。この旅で一番厳しくて愛想がなかったボーダーって、もしかしたら関空かもしれない。
 乗客の出入国審査は15分ほどで全て終了したようだ。発車。
 次にハンガリー国鉄、MAVマーヴのスタッフが検札に来た。退屈しないでいいわ。にこやかなものだ。「クスヌム」「クスヌム」


●ブダペストへ
 ちと暑めだったので、窓を開けてみる。が、もうほとんど降っていないとはいえ、下に積もった雪はまだ溶けても固まってもいない。それを巻き上げつつ走っているもんだから、とてもじゃないが顔を出せない。息ができない。
 19時06分、停車。ん? 手持ちのZSR(スロヴァキア国鉄)のタイムテーブルには載ってない駅だ。ま、よその国の話だしな。ここから数人、乗ってきた気配。
 この列車、コシツェ発ブダペスト行きだけど、ほとんどがハンガリーの国内線だよな。3時間58分の走行中、3時間38分がハンガリー側なんだから。
 19時58分、警官二人組が来て、パスポートのチェック。名前とかを控えていったけど、なんだったんだろう。今まではこんなのはなかったよなあ。

 車窓は真っ暗だし、コンパートメントには僕一人。暇なので、バンコクで買ってちびちびと読み進めている「ロードオブザリング・旅の仲間」を読む。原書なのでなかなか読み進めないため、時間潰しにはちょうどいい。考えたら、日本語の小説ってルーマニアで長井さんにもらったのを読んで以来、ご無沙汰している。そりゃああの後、日本人街はおろか、日本人旅行者と言葉すら交わしてないもんな。現地在住の人とは少し話したけど。

 列車の漏れ出る明かりで見たところ、ハンガリーに入ってからこっち、ずっと雪が積もっている。ブダペストもそうなのかな。もしそうなら、今回のハンガリーで見に行くつもりだったホッロークーも間違いなく積もっているよな。それでもいい所なのかどうか、調べてみる必要がありそうだ。
 完全に夜だが、積もっている雪の白さで少しだけ、ハンガリーの平原を垣間見ることができた。本当に、ひたすら平原が広がっている……。
 そして、列車はブダペストへ。


●三度目のブダペスト
 想像通り、ブダペストにも雪が積もっていた。
 列車はケレティ(東)駅に到着した。……つくづく、ケレティ駅って……。22時12分という夜遅い時間に着いたのに、ホステルの客引き、プライベートルームに誘ってくる人、またプライベートルームの勧誘……多いなあ……。プライベートルームの勧誘で一人、人のよさそうなおばちゃんがいたので気になったが、最初にニュガティ駅でしんどい思いをした印象が強すぎて、ケレティ駅で声をかけてくる人の話に乗る気分になれないんだ。ごめん。というか、少しはニュガティ駅にも行ってやって……お願いだから……。

 ATMでフォリントを下ろし、すっかりハンガリーの定宿になったブダ側のホテル、パピヨンへ向かう。もし一杯だったらVORGAホテルに行くか、改めてケレティ駅に戻ってプライベートルームとかの話を聞くかしよう。
 地下鉄の切符はとりあえず4枚購入。最低これくらいは使うだろうから、空いている今のうちに買っておこう。長いエスカレーターを降りたところに改札があった。ドナウ川の下をくぐる関係か、浅かったら歴史的遺物が出てきてまずいのか、ブダペストの地下鉄って深いところを走ってるよなあ。
 この時間になると、さすがに地下鉄の運行間隔も長くなり、7分とか言っている。で、地下鉄で移動して地上に出、モスクワ広場に到着。もうすっかり慣れたなあ、ここも。でもやっぱり今までになく雪が積もっているので、気をつけて歩かないと。
 時刻は22時37分。夕食はコシツェで買ったチョコビスケット(15sl)のみだと思っていたが、そばのバーガーキングが23時00分まで開いていたのを思い出して行ってみる。相変わらず僕の「Whooper」の発音が悪く、理解されなかったので、メニューの写真を指差して注文。レジ係の兄ちゃんの発音も、「Whooper」とはとても聞こえない。そりゃあ通じないわ。

 ともかくそれとチキンサンドを買って、目指すホテルパピヨン着。タトラ山からこんなに余裕を持って来れるんだ。この時間のレセプション係は愛嬌のある眼鏡とヒゲのおっちゃんだったな。やっぱり。おっちゃんも僕の顔を覚えていてくれたようで、
「また来たのか」
 と笑っていた。部屋も無事取れたので、ビールと水を買う。
 しかし、どうもここ、二泊までは問題ないが、三泊目、水曜の夜は埋まっているらしい。ケレティ駅に行くか、他の町に行くかだな。ま、何はともあれ部屋に入り、旅装を解いてほっと一息。
 さて、明日は何をしようか。というか、今の地面がこの状態ってことは、明日の路面は凍結しまくりじゃないのか?



ハンガリー 12月17日(火)  ブダペスト


●雪のブダペスト
 8時45分、目が覚めた。ちょっと夢見が悪かったが。
 外を見ると、まだまだばんばん雪が降り続いている。雨じゃなくて良かったと言うべきか、これなら路面凍結はなさそうでよかったと言うべきか……。でもこれ、この降りようだとバスでどこかに出かけるのはちょっと怖いなあ。でも、それ以外に選択肢がないような気もするし……。どうしよう。
 ともかく朝食だ。ここはシンプルながら朝食つきなのがありがたいんだよな。

 その後、何はともあれ情報収集に動くことにする。白く雪化粧したブダペストの町中へ。

 まずはMAVの時刻表が手に入らないか、ニュガティ(西)駅へ。手に入れば南の大平原を日帰りで見に行くことも考えられるかも。ただの雪の平原になってるような気もするけど。……それ以前に見つけられなかった。
 ついでに、この近くにあるという映画館を探しに行く。あった。でも、指輪物語は当然だけど、007もまだやってなかった。ジャッキーチェンのタキシードをやってたので見てみようかとも思ったが、上映スケジュールとのタイミングが合わず、断念。
 次はデアーク広場に移動して情報収集と土産探しだ。
 それにしても、今日の雪は強い。朝からずっと激しく降り続いている。雪質も、どちらかといえば日本の本州のそれに近く、水気を含んで、大きく、重い。当然地面はぐちゃぐちゃ。うーん、雪はやっぱ北極圏の方がいいわ。


●足が棒に
 デアーク広場まで歩いて行くことにする。ちょっと距離があるが、今日はなんかカリカリしているので、頭を冷やすためにも。またカルシウム不足なのかなあ。
 途中、イシュトヴァーン大聖堂の横を通るが、残念ながらあまり感動もない。というか、ヨーロッパのいかにもな建築物はそろそろげっぷが出るようになってしまった。東南アジアでもタイ寺院にそうなったし、やはり似たようなのを見続けすぎると飽きてくる。長旅ならではの贅沢な症状だとわかってはいるが、どうしようもない。
 到着したデアーク広場で、家族への土産物を物色する。まずはポロシャツとかシャツとか。ハンガリー伝統の民族衣装は白い薄手のレースだから、日本人が着ても似合わないし、そもそもうちの家族がそういったものを着る機会なんて想像もつかないから買わない。露店の一つでTシャツに、ビールをデザインしたのを発見。酒好きだからいいかも。でもビール? ビールで有名なのはベルギーとかドイツとかチェコじゃないのかな。ハンガリーはむしろワインでは? とか考えてしまって決めきれなかった。

 色々考えていて煮詰まってきたので、気分転換に広場脇にあるツーリストインフォメーションで明日以降のプランの場所の情報収集を。
 ドナウベンドに行きたいんだけど、ヴィシェグラードはどう行けば? アルパード橋から一時間ごとに出てる。OK。
 ホッロークーは? ここから地下鉄で6駅行った所にあるバスターミナルから出てるはず。時間は知らないので向こうで聞いて欲しい。ちょっと面倒そうだな。
 チェスネクは? 鉄道になるな。近くにあるMAVの案内所で聞いてくれ。おい。なんかだんだんおざなりになってきてないか? 地図を見たらチェズネクには鉄道通ってないっぽいんだが。
 なら映画館は? ここから三つ地下鉄で進んだところに大きいコンプレックスがある。……ニュガティ駅のことか?
 うーん、そこまで有用な情報は得られなかったような……。今日は情報収集の日と割り切ることにしよう。

 近くに大きい本屋を見つけ、入る。ロンリープラネットジャパンがあれば、暇つぶし用に買いたいな……あったけど、この値段は一体? 大体26ドルってことは、せいぜい3300円くらいのはず。ならハンガリーフォリントなら6,500位、輸入品だから関税がかかるとしても7,500Ftくらいまでならいいかと思っていたんだけど、9,045Ftって……。さすがに手が出ないよ……。
 気分を切り替え、MAVへ行く。案内所の順番待ちをしながら見ていたら、インフォメーションはコンピュータ検索ではなく、係の人が時刻表を操って探している。おいおい。切符だってオンラインで買える国の大きい案内所でそれなのか。チェスネクはかなり小さい村で、行き方もいろいろあるはずなんだが、これは手間がかかりそうだ。複数ルートを提示してもらうのも難しそうだし。なんか気が削がれたので列を抜け、外へ。
 ホッロークーに行くための情報集めにバスステーションに行こうかと地下鉄に乗るが、そこで『地球の歩き方』を見てみたら、向かっているのではないバスステーションの名前が書いてある。しかも、ツーリストインフォメーションで丸をつけてもらった地図の場所には、バスステーションのマークがない。しかもよく『歩き方』を読むと、紹介文に「120戸の小さな村」と書いてあるし。120戸の村は小さくないぞ……僕の実家の集落は55戸だし……。
 なんか色々と気勢をそがれてしまった。この旅でこうなった時の対処法は決まっている。
 やめることだ。
 ということで、ホッロークーに行くのはもうやめにして、映画館に向かい直す。うーん……なんかみすぼらしいなあ……。やってる映画も面白そうなのがないし。なんか今日はえらく無駄足が多く、疲れた。雪もずっとガンガン降り続いているので、もう何もする気がなくなってしまったよ。もういいや、ネットをして宿に戻ろう……。


●もうボロボロだ
 丁度宿のそばを通ってモスクワ広場まで行く4番トラムが来たので飛び乗る。ふう、昼間でもそれなりに混んでるなあ……。ん? なんかごっつい川を橋で渡ってるぞ。ブダペストにこんな太い川はドナウ川しかないはずでは? でもこんな景色に見覚えはないし、このトラムがドナウ川を渡るのはずっと先のはず……逆方向のトラムに乗ってしまったのか! ……もう……もう、ボロボロだ……。
 もうここまで来たら一緒だと、終点まで乗り切る。で、逆方向の便に再度乗り直すかと思ったが、考えたら同じブダ側に来てるんだから、ショートカットで帰れるんじゃないだろうか。北へ進み、王宮の向こう側に行ければいいんだし。

 そういうルートを走るトラムがないかと探す。しばらく歩いたところで、6番のトラムの始発駅を発見。どうやらモスクワ広場まで通じているようだ。手持ちのチケットがもうないので、乗り場横のニューススタンドで5枚組を買う。

 が、僕の出したお札を見て、スタンドのおっちゃんがぶんぶんと首を横に振る。530フォリントだから、1,000で足りるはず……まさか、偽札? 
「ノー、フォリント! スロヴェンスカ!」
 ……………………スロヴェンスカ? あ。
 間違えてスロヴァキアコルナを出していたのか。慌ててフォリントを出し直す。おっちゃんも笑ってたけど、ここまで堂々と間違える奴も珍しいんじゃないだろうか。しかも、観光名所とかには無縁で、ツーリストもそんなに来ないであろうこのスタンドで。
 もう、いよいよもって駄目だわ。ボロボロをここまで極めてしまったか……情けない。
 6番トラムは始発なので、余裕で座れた。少し走ってからトラムはドナウ川を渡る橋に差し掛かり……っておい! よくよく考えたら、6番トラムって4番トラムとほとんど同じルートを通り、大回りしてモスクワ広場に戻るんじゃないか!なんのことはない、ちょっとうろうろぶらついてから折り返したのと同じことだ。……いかんなあ、やっぱり今日は頭が働いてない。もう駄目だ。


●王宮はやはりきれいでいい
 もう何もする気が起きず、ぐったりとしたまま終点のモスクワ広場まで乗る。
 もうホテルに戻ろうかとも考えたが、時間が勿体無いので王宮に足を向ける。せめて土産物くらいは……。雪がきついし、足元がぐちゃぐちゃなので、城バスに乗りたかったが、前来た時乗らなかったので、乗り場が分からない。モスクワ広場、広すぎるんだよなあ。てこてこと歩いて向かう。
 王宮に着いてまず、ヒルトンホテルでトイレを借り、マチャーシュー教会の前に出る。雪化粧をして、夜闇が迫る中ライトアップされた教会もまた美しい。天気と時間のおかげで、他には誰一人としてツーリストは見当たらない。独り占めだ。

 たっぷり堪能してから土産物屋巡りに移る。……いかん、王宮の土産物屋って、衣服関係は民族衣装絡みのレースしか置いてないや。仕方ない。デアーク広場でTシャツを買うか。後日に。

 帰りは今度は城バスに乗ってモスクワ広場へ。
 近くのショッピングセンターを冷やかしてからネット屋へ。
 その後、いつものホテルに近いレストランへ。今日はなんかおかしいので、奮発して体にいいハンガリーの伝統料理を食べようと思う。ウニクム(ハーブ入りの薬草酒)とグヤーシュ、パプリカチキン。3,000フォリント近くかかったが、今日だけはいいだろう。スーパーで買い物をしてホテルに戻る。


●明日に期待
 受付の姉ちゃんに、少なくとも水曜の夜まではここに泊まることを告げる。事情が変わって泊まれることになっていたが、僕の方が朝の段階では決められなかったので、気を揉ませてしまったようだ。
 レストランに行った頃から、雪はやんでいた。このままでいてくれればいいんだけど、雨なんか降られた日には最悪だからなあ。明日は屋外の景色のいいところへ行くつもりなんだから。
 受付の姉ちゃんと雑談しながら、
「明日はヴィシェグラードに行くつもりなんだ」
 と言ったら、
「それはいい考えね。とてもきれいなところよ」
 とのこと。よし、地元の人からお墨付きが出たぞ! これは楽しみだ。
 交通の便がよく分からなかったのだが、日帰りするのに何の問題もないとのことで、一安心。ついでに他にお勧めはないかと尋ねるが、特には思いつかないようだ。ま、明日ドナウベンドを見て時間が余れば、そこでホッロークーとチェスネクを比べてみればいいか。それ以外にも買い物もしないといけないし、帰国前に散髪もしておきたいし……とにかく寝よう。


ハンガリー 12月18日(水)  ブダペスト → ヴィシェグラード → ブダペスト


●バス乗り場へ
 二度寝して、起きたのが9時過ぎ。
 それはいいんだけど、朝食の後ちょっとダラダラしてしまい、宿を出るのが11時になってしまった。ドナウベンドを見にヴィシェグラードに行くつもりをしてるんだけど、大丈夫かなあ。とにかく動いてみよう。

 トラム、地下鉄を乗り継いで、ドナウベンド方面が出るというアルパードバス乗り場まで行く。
 到着したのは11時27分。ツーリストインフォメーションの情報によるとバスは11時30分発のはずだが、乗り場はどこだ……? と探しているうちに30分を過ぎてしまった。
 仕方がないので屋外にある時刻表のところに行き、次のバスの時間を調べようとした。
 と。
 突然、頭上に大量の雪の固まりがどさあっ、と落ちてきた。
 他にも大勢人がいたというのに、よりにもよって僕の上にだけ。まんまコントじゃないか。昨日までの雪が、今日のいい天気と高めの気温で融けかけてたんだな。頭に雪を載せたまま、周りの人と一緒にひとしきり大笑いしてから改めて時間を調べる。

 次のヴィシェグラード行きは一時間後、12時30分発らしい。どうしたもんかな。ちと遅いので、なんなら明日出直してもいいよな……。けど、明日も今日みたいにまずまずの天気が続くとは限らない。やっぱり今日行っておくべきだろう。
 窓口でチケット購入、390Ft(『地球の歩き方』では344Ft。また大間違いだ)。
 時間までかなり暇なので、待合室そばのベンチに腰かけ、ぼうっと物思いにふける。ふと気がつくと、乗り場にえらい長蛇の列ができていた。考えてみれば乗ろうとしているバスは、センテンドレ、ヴィシェグラード経由のエステルゴム行きというドナウ川沿いを走る生活路線だから、利用者も多いんだろう。でなければ平日の昼間に一時間ごとに走るわけもないか。

 しかし、発車20分前の時点でもう30人以上並んでるよ。これはまずいと慌てて列に並ぶ。これはかなり混むなと思って待っていると、五分前にやって来たバスは、二両連結のシャトルバスだった。おやと思ってよく見ると、他のバスもこの形式のものが多い。これは助かった。ハンガリー、バスもかなり発達しているんだな。

 おかげでなんとか座ることができたよ。ふう。


●ヴィシェグラードへ
 が、発車してからも停留所ごとにじゃんじゃか乗客は増えていった。主に下校する学生達だったが。おかげで連結シャトルバスなのに、ぎちぎちの満員になってしまった。おいおい。まあ、ヴィシェグラードに着く前に大体空いたけど。
 例によって何もアナウンスがないので、今どこを走っているのかよく分からない。
 そこで、この辺かな? と見当をつけた辺りで近くの乗客に
「ヴィシェグラード?」
 と尋ね、そうだよとうなずいてもらえたので降りる。一応、バス停の看板には停留所名が書いてあるのだが、「Visegrad 〜」と後ろにいろいろついていて、どこがどこやら分からなかったんだ。
 なんとなく集落があって、ここっぽいかなと思って降りたんだけど、どうかな。

 うわあ。すぐ横にドナウ川が悠々と流れている。本当に綺麗な流れだ。

 そしてこの町は、そんなに大きくない。そして町の南手には山がそびえ、その天辺には要塞が見える。いい感じだ。

 雪が積もっているのも、こうなって見ると綺麗な飾りつけみたいなものだ。なんかカリカリしてたのがちょっと晴れたような気がする。
 が、それも一瞬。
 あるはずのツーリストインフォメーションはどこだ。
 しばらくうろつき、町の中に入り込んでいったところにあるのをなんとか発見。

 王宮跡とかはもういいので、要塞に登ってドナウベンドを見下ろしたいんですよ。ということで、ここでヴィシェグラードの地図を貰う。英語のはなかったが、仕方ない。地図は文字より書いてある地図が重要なんだし。
 小さい町だからぷらぷらするには地図など不要だが、山の上の要塞に通じている道を探さないといけない。結局バスはここまで一時間半かかったので、もう14時になっているし、日没まで、あと二時間ほどしかない。的確にルートチョイスして、とっとと行かないと。
 と、ツーリストインフォメーションの人が、要塞に行くならcity busというのがあると言ってきた。片道2,000Ft、往復なら上で20分待っているのを含めて3,000Ftだと。
 いい値段だが、雪で路面が悪いこと、歩いてだと50分かかるらしいこと(『地球の歩き方』では一時間半)などを考えて、なんかもう面倒臭くなったので頼んでしまおうかと思ったが、確認してもらったところ、city busはこの季節、土日しかやってないそうだ。なぁんだ。

 なら歩くかと身支度を整えていると、インフォメーションの人が
「You can not go...」
 とかなんとか言ってきた。バスがなくて要塞には行けないから、川べりからドナウ川を見て我慢しろということらしい。冗談じゃない。頑張ってここまで来たのは、山の上の要塞からドナウベンドを見下ろすためなんだ。なんでバスが走ってないぐらいで諦めなきゃならんのだ。
「だってここから50分かかるんだよ」
 たった50分じゃないか。日没までに十分時間はある。city busの存在を知らなければ、最初から歩くつもりでいたんだし。危険な野獣が出てくるとかはないんでしょ? なら何も問題ないさ。山道だって歩き慣れてるし。
 と、当初の予定通り一人で歩いて行くことにして、ツーリストインフォメーションを出る。


●雪の山を行く
 もらった地図によると、もちろん車道もあるが、山の尾根沿いに歩行者用山道があるっぽい。

 明らかにかなりショートカットできるようだ。尾根なら雪の積もりようも沢と比べたらましなはずだし……。
 いざ行かん、山の中へ。

 昨日まで降っていた雪が、思いのほかしっかりと残っている。大体15cmくらい積もっている。が、融けてはきておらず、気温は0℃くらいだし、風もない。空気が湿気てはいるが、この雪の状態なら問題はない。他にも2,3人、今日のうちに歩いて登っていったらしき足跡がある。一緒に犬の足跡も。散歩コースなんだな。ほら安心だ。大丈夫、大丈夫。

 町の端にある石の階段で一気に尾根筋まで上がり、あとはずうっと尾根道だ。この尾根は一筋、東西にすうっと伸びており、しかも東端の一番高いところに要塞があるので、よほどぼんやりしてない限り、迷いようがない。ということで、気楽に雪に覆われた尾根道を歩いて行く。

 たまに現れる、左右の森が途切れているところから見下ろすと、木々の間からドナウベンドが見える。川面に写る夕日が美しい。


 20分ほどザクザクと進んだところで、人の足跡が途絶えた。おや?
 まあ、尾根も道も、相変わらずはっきりしているし、それは見える限りの先まで変わっていない。たた、ここから先は、完全な新雪の上を一人で歩いて行くことになるわけだ。なんだかワクワクする。雪をサクサクと踏みしめていく音が、感触が、耳に足に心地いい。その分、少々心細くなったのも確かだけど。ま、単純な形の山だし、尾根伝いに行けばいいだけだし、大丈夫。
 人の足跡がなくなった先の道には、八割方、野生だろう、獣の足跡がついている。これは犬じゃないな。詳しくないけど、この大きさとこの形は……鹿かな。やはり尾根道は林の中より歩きやすいから、動物も使うんだろう。

 0℃前後とさして寒くない中、防寒着に身を固めて山歩きをしているので、暑くなってきた。
 この分だと、要塞には観光客、誰もいないな。少なくともここを歩いて来た者はこの二日、いないのは明らかだし。
 黙々と歩き続けるうちに、ついに山道が終わった。森が開けた。


●ヴィシェグラードの要塞からの眺め
 ここは間違いなく、要塞の駐車場だ。
 山道で雪道だったのに、そんなに早足で歩いてもいないのに、45分ほどで着いてしまった。『地球の歩き方』の一時間半って、車道を歩いた時間なんじゃ……。

 要塞を改めるが、うん、門も閉じていない。行けそうだ。
 と、丘の陰になっていて今まで気がつかなったが、すぐそばに行ってみたら、門の向こうでユンボが道を掘り返していた。オフシーズン名物の工事がこんなところでも行われていたとは。
 ……おや?
 それはいいんだけど、チケット売り場、閉まってるよ?
 しかもユンボが掘り返してるもんだから、奥に入っていく道がないよ?
 もしかして、要塞には行けない?
 工事中につき閉鎖とかだってのなら、ツーリストインフォメーションがなんで知らないんだ? シティーバスとか時間がかかるとか以前の問題じゃないか。それとも僕が聞き取れなかっただけで、そう言ってたのかな?

 とはいえ、僕はもう、実際にここまで来てしまっている。このまま黙って引き返すなんてことはできない。ユンボのそばで作業している三人のおっちゃんに声をかける。
 僕の姿を認めたおっちゃん達は、口々にハンガリー語で喋りつつ、首を横に振る。
「ネム(Nem=No)」
「ザールヴァ(Zarva=閉まってるんだよ)」
 と。うお。やっぱり閉まってるのか。おっちゃん達のハンガリー語を理解してからしばらくの間、「何のためにここまで来たんだ」と落ち込み、呆然としゃがみこんでいた。

 が、ここまで来たんだからやるだけやってみようと気を取り直して立ち上がる。この工事の規模からして、横をすり抜けることはできそうな感じだし。
 
一服中らしく、作業の手を止めて僕のほうを見ながら雑談しているおっちゃん達に向かい直す。
「要塞の見学ができないのは分かりました。でもせめて、ドナウベンドの景色だけでも見せてもらえませんか? そこを回りこんだ先にあるんでしょ、展望台」
 なんてことをハンガリー語で喋れるはずもなく、この人達が英語を話せるかどうかも分からないので、シンプルにカメラのシャッターを切るポーズをしながら
「ドナウベンド、フォト、プリーズ。OK?」
 と訴える。どうやら通じたようで、一番近くにいたおっちゃんが身振りで
「仕方ないな、行っていいよ」
 と示してくれた。
「クスヌム!(ありがとう!)」
 本当にありがたい。融通のきくおっちゃんでよかった。

 一瞬ユンボを止めてくれたので、横をすり抜ける。

 その先は、確かに見事な工事中だ。このおっちゃん達がいなければ、入り口も閉鎖されてて、そもそも入れなかっただろう。通路は50mほどに渡って掘り返されていて、のけた土で盛り上がっている畦道のようなところを通って要塞のふもとに出た。

 うん、確かに要塞には立ち入れないよう、門は閉まってるし、さらにテープで立ち入り禁止を示している。でも僕の目当ては元々そっちにはないから関係ない。
 まっすぐドナウベンドを見渡せる展望所(見張り台)に行く。空は曇っているが、少しはある雲の切れ目から太陽がちらと顔を見せ、雲と川面を赤く染めている。
 ドナウベンド、ドナウ川の曲がり角の向こうはガスっていて、決してクリアーではないが、それでも上から見はるかすドナウベンドは本当に雄大で、しかも夕日と霧の演出効果も加わり、幻想的な雰囲気もまとい、本当に素晴らしいものだった。

 (この眺め、動画でもあります。よければどうぞ。)
 無理を言って入れてもらった甲斐があった。この眺めを見ているのは世界で僕一人だけなんだと思うと、なんかゾクゾクしてくる。

 考えてみたら、結果論になるがタイミングも良かった。昨日だったら雪で視界が閉ざされてしまっていたろうし、一時間前に来ていたらこんな夕焼けはまだなかったわけだし、そもそも現場のおっちゃん達が作業してなかったら、要塞の門自体が閉められてて中に入れなかったろうし。
 夕日派な僕にはベストなタイミングだった。
 夢中になって眺め、写真を撮っていると、後ろから一応僕を監視というか、チェックするためについてきていたおっちゃんも、
「きれいだ……」
 と感嘆しつつ眺めている。「夕日な人」としての嗅覚はなかなかのもんでしょ。

 満足し、そろそろ帰ろうかと川に背を向けた瞬間、「これでこの9ヶ月の旅の、いい締めくくりができた」と、唐突に思った。それまでそのようなことは欠片も考えていなかったので、我ながらびっくりしたが、確かにその通りだと思い直した。
 もうホッロークーやチェスネクはいいや。探し求める旅の終着点はここ、雪と夕日のヴィシェグラード、ドナウベンドの眺めということで文句はない。なんか最近、好奇心が磨耗してきたような感じもあったし、いい頃合だったのかもしれないな、9ヶ月。いやまあ、さらに全く違う文化圏の中央アジアとかアラブとかアフリカとかに行ったら、また好奇心バリバリになって動き回るだろう事は間違いないんだけども、残念ながらその予定も予算もないし。

 戻っていくと、おっちゃん達も丁度今日の作業が終わったところのようで、ユンボが駐車場に戻っていくところだった。駐車場の一角には、先に作業を終えた他のおっちゃん達がいる。ここの通路以外で作業をしていた人達だろう。でないと数が合わないし、僕の姿を見て不思議そうな顔をしているし。
 おや、おっちゃん達がたむろしているところにある一台の車、前をぶつけてる。ボンネットがゆがんで塗装が剥げ、右のヘッドライトがグラグラしてる。地元の人でもこの雪には手を焼いているんだな。言葉は分からないが、その車の傷をネタに談笑している輪に混ざって一緒に笑う。
 車にカメラを向けると、おっちゃん達はきまりが悪そうに苦笑いしていた。




●山を下る
 さて、ここからヴィシェグラードまで戻らないといけないわけだが、来た道は少し危ないかもしれない。下りになると。
 そこでこのおっちゃん達に尋ねてみた。地図を出して、下に行きたいんですが、と。
 てっきり車道を示されるもんだと思っていたら、駐車場のすぐ東にある歩道を指して、
「ここから下りればいい」
 と口々に言われた。そんなルートあったの?
 行ってみると、確かに結構急だけど、ちゃんと道はついていた。斜面に対してほぼ垂直に、一気に下っているので距離はかなり短かそうだけど、このルートもきれいにバージンスノーが積もっていて、最近人が通った気配、ないんですけど。動物の足跡ならありますけどね。

 ま、地元の人が言うことだし、信じて行ってみますか。この山の形状と規模からすれば、北へと下っていけば、最悪でもどうにかなるはずだし。

 時計を見ると15時00分。下で15時30分過ぎに来るバスに間に合うのはさすがに無理っぽいが、その次、16時10分過ぎか16時30分過ぎのバスには間に合うだろう。
 誰一人触れていない、新雪に覆われた山道を、ザンザンと駆け下っていく。雪が思ったより厚く積もっているので、足首に爆弾を抱えている身でも思い切って下れる。幸運にも下の道自体の整備もよく、礫でゴロゴロしていないようなのも助かる。
 気がつくと、急斜面をほとんど走っていた。気分的にはほとんど「飛ぶように駆け下る」勢いだった。
 しばらく駆け下っていき、そろそろ終わりが見えてくる頃じゃないかというあたりで、突然道が遮られた。ごっつい門で閉ざされ、その左右もフェンスで遮られている。今のシーズン、この山道自体が閉鎖されていたのか。それともどこか途中で分岐があったのに気付かなかったのか。ま、今さら引き返す気にもならないので、フェンスをよじ登って越える。

 ここから下は、シーズンによっては車も通るような太い道になっている。といってもやはりここ最近は誰も使った気配がないが。
 少し下ると、ごっついビルの廃墟が見えてきた。その横を通って行こうとすると、犬が二匹、吠えかかってきた。すわ野犬か、と思ったが、鎖で繋いである。人家があるのか。と、そばの家から何かの作業員っぽいおっちゃんが二人出てきて、犬達を抑えてくれた。
 例によってハンガリー語なので何を言っているのか分からないが、口調から「ここは私有地だぞ」と言っているっぽい。やはりどこかで分岐を見落としてたのかな? すいません。
 ここの私有地? を抜ける時にもまた、門をまたぎ越えることになった。やはりフェンスで遮られたところは行くべきじゃないな。

 とかなんとかして、やっと太い道、車が行き来する公道らしき道に出た。ほっと一安心。車が踏み固めた雪が逆につるつるして歩きにくいけど。
 しかし、この山での一連の行動を思い返してみると、小学生がドキドキワクワクしながら駆け回る、「冒険」そのものだったな。最後に年長者に叱られるところまでそのものだ(^^; まあ、確かに面白かった。


 もう少し下ると、シャラモン塔に行き当たった。

 ショートカットになるのでその中を抜け(冬場は内部の見学はやってないが、通り抜けはできるようだ。この上に住んでいる人用かな)ついでに少し見物もする。上の要塞とセットで見ると、成立の意義とかが感じ取れて味わい深い。

 そして再びショートカットの坂道を下り続け、ついにドナウ川沿いの太い道に出た。
 時計を見ると、まだ15時22分。えらく早く下りてこれたなあ。というか、シャラモン塔とか、じっくり足を止めて写真を撮ったりして見物していたのに、早過ぎないか? 道自体が相当なショートカットで、雪のおかげでかなりなハイスピードで駆け下りてきたから、そのおかげだろうけど。


●最後までドナウ川はきれいでした
 ちょうどすぐそばにバス停もあった。ここから見るドナウ川もきれいだ。

動画もあります。よければ)
 振り仰げば降りてきた要塞が見える。あんなところから20分ほどで降りてきたのか。ここも、よく見れば塔から繋がる城壁が、道の上でアーチを描いていたりして、なかなかに面白い。
 
 バス停は来たときに下りた場所よりいくつか南のものだけど、どのみちブダペストに帰るだけだから問題はない。最後にもう一度、夕焼け気味の空とドナウベンドを見る。本当に好みの場所だったし、気持ち的にも区切りがついたし、来てよかったよ。

 15時34分にやって来たバスに乗り、ブダペストに向かう。ふう。このヴィシェグラード行き、大満足できるものだった。
 帰りのバスの中は典型的な「平日の夕方、都市に向かうバス」で、そんなに混んでない。それはいいんだが、帰りはバス代、240Ftで済んでしまった。おや? えらく違うなあ。よくわからない。やはり一時間半かけてブダペスト着。


●ブダペストの夜は楽し
 ブダペストに帰り着いても、まだ17時00分だった。
 なので土産物を買いにデアーク広場に行ってみる。屋台で昨日目をつけておいたビールのTシャツを買い、地下鉄でブダ(ドナウ川北側の旧市街)に戻る。
 モスクワ広場そばにある、Mなんとかという巨大ショッピングモールのなかを少しうろつく。そこでタイフードのスタンドがあったので、懐かしくなって入る。……グリーンカレーすらメニューにないんですが……。タイ米は使ってるけど、ハンガリー向けなんだろう、味付けがタイとはかなり違う。辛いことは辛いけど。ま、990Ftだし、いいか。
 ついでに映画館も見てみるが、やはりロードオブザリング、明日からのようだ。初日は混むだろうから、どうすっかな。

 戻って、ホテルそばのネット屋でネットをし、どうも頭がすっきりしないので、雑貨屋でヨーグルトとか買って帰る。なんなんだろう。風邪とかではないが、頭がぼんやりして、集中して物事を考えられない。少し頭痛もする。気持ち悪いな。旅も残り少ないというのに。なんかカリカリしているのとも関係あるのかな。
 今日のパピヨンのレセプションは、あの非常に感じのいいおばさんだ。少し嬉しい。一人で部屋にこもっても寂しいので、しばし雑談に興じる。尋ねてみるとランドリーサービスをやっているとのことなので、依頼する。ちなみにここの支払いはフォリント、ユーロ、ドル、どれでもいいらしい。レートはかなり違ってきてるのに、ユーロとドルは同額で計算するらしい。しかも、チャンポンで払ってもいいそうだ。助かる。
 ついでにブダペストで見てきたものを挙げ、他に見るべきものはないかなと尋ねたら、オペラハウスと英雄広場は見ておくべきとのこと。明日はそこに行こうかな。


ハンガリー 12月19日(木)  ブダペスト


●ブダペストは広い
 9時半に起きる。どうだろう。体調、少しはいいのかな。よく分からない。
 でも、一つ分かったことがある。駄目な時は全てにおいて、まるで駄目だということ……。

 今日は朝、10時半に外に出た。

 まずはモスクワ広場そばのショッピングモールに行き、映画の上映情報を見る。
 ……おや? ロードオブザリング、上映スケジュールに載ってないよ? ……ああ! これはチケット発売開始って意味で、上映は1月9日からなのか。あかんやん。お隣のオーストリアではもうやっているっていうのに。ううう……。この分だと、スロヴァキアでもやってないんだろうなあ。仕方ない。

 と、それはそれとして、ショッピングモールの本屋のパソコンでネット。
 帰国便が関西国際空港に深夜着になるので、その夜のうちに実家に帰り着くのが不可能なため、大阪近辺の知り合いの学生に誰か泊めてもらえないかと少し前にメールを送っていたのだが、何の反応もなかった。
 仕方ないので平日で心苦しいけど誰かいないかな、と社会人の友人達にメールする。と、早速神戸にマンションを借りている友人Yから返事が。泊まってもいいよーとのこと。仕事はいいの? そろそろ結婚とか言ってたけど、クリスマスイブの夜なのにいいの? 神戸だと到着した時点で日付が変わってしまってると思うので、頼んでおいてなんだが、さすがに悪い。一応保留させてもらい、もっと近くの友人が駄目だったら頼むと返事を送り返す。でもこれで、日本でホテルに泊まらなくても済みそうだ。


●英雄広場へ
 次に地下鉄に乗り、昨夜パピヨンの受付のおばさんから聞いたお勧めを元に立てた今日のプランに従ってデアーク広場に行く。
 そこから歩いてオペラハウスを見る。中には入らないけど、これもウィーンのそれと同じように、実に堂々とした建物だ。
  
 そして、目の前の地下鉄M1の駅に行く。
 ヨーロッパ一古いというだけあって、風格のある駅だなあ。地下鉄なのに地表からやけに浅いし、向かいのホームに行くには一度地上に出ないといけないなど、作りもシンプルだ。列車もこぢんまりしたナローゲージだし。面白い。これは乗ってよかった。

 そして英雄広場へ。
 いや、堂々たるものです。背後に控える公園ともども。その公園は市民公園になっていて、立ち入り自由なんだけど、このシーズンの平日昼間ということもあって、出店のたぐいは全くなく、用事で歩いている人が数人いるだけだった。その分、静寂な雰囲気があってよかったけど。
 


●ヴァイダフニャド城と農業博物館
 英雄広場の公園内にある池の中の島にそびえ立っているのがVajdahunyadヴァイダフニャド城だ。

 城といっても、ヴァイダフニャド(現ルーマニアのフネアドラ)にある城を手本にして建てられた、建国1,000年祭の時のパビリオンだったそうだが。道理で中はこっきりとていると思った。いや、内装とかは豪華だけど、構造的にシンプルなんだ。

 ここは今、農業博物館になっているということで、見に入る。こういうのは好きなんだ。入場料400Ft、カメラ代500Ft。カメラの方が高いのか。

 ここの展示は、農業といいながら、狩猟と牧畜にも相当な比重が置かれていた。興味深く見て回る。ヨーロッパでは、農業、狩猟、牧畜、漁業が並び立っていたのかな。
  
 他にもこの地の風習・習俗が伺える展示が色々あり、面白かった。
  
 定番だけど、きれいなステンドグラスもあったし。

 けど、ふと入った部屋で鹿の頭が壁一面にずらりと並んでいたの時は驚いた。というか、正直ちょっと気味が悪かった。

 しかし、この英雄広場の一角は、特に何もない今日みたいな日でも色々見て回れて楽しかった。



●買い物の続き
 英雄広場のそばにはセーチェニ温泉があったが、ここはホモが多いということでパスして、デアーク広場に戻る。
 土産にハンガリーの国章をワンポイントに使った、赤いポロシャツを買う。ついでにマトリョーシカとパプリカの粉も買う。あとはウニクム(王家発祥の薬用酒)を買いたいけど……。
 時計を見ると15時10分。ウェストエンドセンターのパレスシネマでジャッキーチェンの「タキシード」でも見るかとニュガティ駅へ向かう。が、今日19日からスケジュールが変わっていて、次回上映は17時00分から……。16時台に始まる映画にはどうも食指が動かないし。
 仕方ない、ここは一大ショッピングセンターでもあるから酒屋でも探すか。スーパーでめざすウニクムを発見。はいいんだけど、値札がひっくり返されてるのはなぜ? また、えらくでかいブリキの缶に入っている。こんなのリュックに入らないよ。ということでやめ。
 大体お勧めされたところは見たし、ロードオブザリングは見れないと分かったし、ハンガリー、そろそろ出ようかな……。
 ホテルにのんびりと歩いて戻る途中、ブダでスーパーを見かけたので入る。あ、小さいウニクムを売っている。……こんな形の瓶だったのか……。1リットルサイズのなんて持ち運べないから買えないよ。ということで、0.5リットルと0.2リットルの二つを買う。それぞれ2,000Ftと1,000Ft。
 酒は三本までは免税だったはず。ルーマニアのウォッカ0.1リットルと合わせても大丈夫だ。


●ミスの連発
 買いたいものが大体買えたので、いい気分でネット屋へ。
 
ここで手違いで、兄弟へ送るつもりだったメールの内容を、間違えてインターネットの掲示板に書き込んでしまった。ここのは削除できない仕様だ……あううううう……。
 気を取り直し、今夜でハンガリーの夜も終わりだからと、いつものレストランで食事。ボーイさんにティピカルハンガリーフードのお勧めを教えてもらい、それを食べる。ダンプリンポテトと牛肉の煮込み。料理の名前は失念したが、1,990フォリントでおいしかった。
 が、駄目な日は何をやっても駄目なもので、ホテルに戻ってフロントで瓶ビールを一本買って部屋に戻った時、ビールをテーブルに置いてリュックを下ろそうとしたら、リュックをテーブルに思い切りぶつけてしまい、瓶は床に落ちて粉々に……今日はもう、最後の最後まで……。


ハンガリー共和国 Republic of Hungary → オーストリア共和国 Republic of Austria → スロヴァキア共和国 Slovak Republic
 12月20日(金)  ブダペスト → ウィーン(ヴィエナ) → ブラチスラバ



●さようならハンガリー
 昨夜は1時過ぎまで寝付けなかったのに、5時半に目が覚めてしまった。
 そのままぼんやりと過ごし、7時半に朝食。ホテル・パピヨンでこんな早い時間に食べたのは初めてだ。が、やはり他のツーリストにとってもそれは同じらしく、他に誰もいない。
 それと、最後になって気付いたこと。コーヒーは飲まないので、いつも紅茶を頼んでいたんだが、それにミルクとレモンがついていたので両方入れていた。レモンとは変わった甘味料だと思いながら。が、実は砂糖は他にあって、これはつまり、ミルクティーかレモンティーか、好きなほうをどうぞって意味だったんだ。いやはや。

 仕上がっていたランドリーを受け取り、あとは荷造りをしたら出発だ。今日の行動は……ここは一発、オーストリアはウィーンに映画を見に行くかな。ここ最近のボロボロっぷりが我ながら怖いけど。ちなみに外の天気は非常にいい。
 8時過ぎにチェックアウト。支払いは、本当にドル、ユーロ、フォリントのちゃんぽんで。一ドル札二枚が「古すぎるから」と断られてしまったが、まあいい。70ユーロ、22ドル、4600フォリント。ビール二本で250Ft×2、ランドリー2400Ft、宿代の端数。最後のレセプションは、あの感じのいいおばさんだった。最後にはちょうどよかった。

 向こうが計算している間に、手元に残っていた折り紙四枚で折り鶴を作り、プレゼント。千代紙はきれいだし、つくづく、折り紙は評判がいい。海外を旅する時は必須だな。日本以外では存在してないか、しててもそんなに盛んでないのは本当のようだ。
 ホテルパピヨンの皆さん、今までありがとう、さようなら。お元気で。


●オーストリアへ

 歩いてモスクワ広場まで行き、地下鉄に乗る。デーリ(南)駅行きは頻発しているから楽だ。一本乗り過ごしたのに、一分後には次の便が来たし。さすがはラッシュアワー。
 そして一駅乗って南駅。オーストリア方面に行く列車に乗るにはこの駅だ。利用するのは初めてだな。これでブダペストの国際線発着駅は全部利用することになる。

 さすがに堂々とした構えの大きい駅だ。ウィーン行きのチケットはさっくり買えた。5317Ft。
 が、両替屋がないよ、構内に。仕方ないので小銭を使ってファンタを240Ftで買う。日本と大差ない値段だな。これで残るは8フォリントとお札だ。お札はブラチスラバでも両替できるから、なんとかなるかな。

 9時40分発のユーロシティ、9時になった時点でもう入線していたので、とっとと乗り込む。

 が、禁煙席はどこもここも予約でびっしり。仕方なく、本当に仕方なく、喫煙席に座る。これはいかんなぁ。
 あと、なんかお腹がぴりぴりと痛む。なんなんだろう。とりあえず正露丸を飲んで治まってくれるように祈る。ここまで来て、体調を崩している暇はないんだ。万全な状態でこの旅、フィニッシュしたい……。ぴりぴりしてるのが右の横隔膜の下ってことは、胃じゃないよな。
 それはそうとこの列車、もしかしてウィーン西駅に着くのか? 知らない駅だし、それはちと困るなあ。

 9時40分、定刻に客車列車ならではの静かさで発車。
 結局、喫煙席の乗車率は8/28だった。別に誰もタバコは吸ってない。……自由席だな、実質。でもま、この形のほうがいいのかも。日本のように車両ごとに分けてしまうと、指定席はガラガラなのに自由席は立ってる人でぎっしり、みたいな形になってしまうもんな。ま、指定にお金がかからないスタイルでないと無理だろうけど。
 窓の左右は雪化粧した山と平原。遠くはガスでかすんでいる。きれいだなあ。

 とかしているうちに、お腹は少しましになった。さすがは正露丸。
 時折、ガスが濃くなって、20mほど先しか見えなくなる。でも天気は晴れなので、日の光は差している。なんというか、不思議な光景だ。

 10時16分、やっと検札が来た。その後、タバコを吸う人が出始めた。まあ喫煙席だし、それはいいんだけど。しかし。一部の人に言いたい。
「なんで禁煙席からやって来て吸う!?」
 始めから喫煙席に席を取ってれば、僕は禁煙席に座れてたんじゃないのか?

 11時14分、ちょっと寝てた。ギョール(Gyol)を過ぎたあたりか。寝て休むのが体調回復への近道だからな。
 目が覚めて、ふと見るとパスポートコントロールが回ってきていた。迷彩の制服を着た係官が4名、どんどんと見ていっている。ここのチェックも見るだけで終了。ここのボーダーチェックも、ハンガリーがEU加盟したらなくなるんだろうなあ。
 11時17分、停車。駅は大きいが、町は小さい。ボーダーかな。そのようだ。続いてオーストリアのパスポートチェック……っておーい、EUに入ったというのに今回はスタンプなしかい! 見ていると、他にも入国スタンプなしの人が半分くらいいる。なんなんだろう。出国時に揉めなければいいんだけどさ。もしや最近EUに何度も出入りしているスタンプを見て、今回はいいやと思われたとかかな。

 オーストリアも雪景色だ。そしてウィーン着。


●二度目のウィーン
 この列車、やはりウィーン南駅じゃなくて、西駅に着いたよ。西駅は中心部から離れているので、Uバーンに乗らないととてもじゃないけど中心部には行けない。どこに映画館があるか分からないので、ともかく中心に行こう。

 ということで、前回は意味が分からず乗車を断念したUバーン(地下鉄)に乗りに行く。
 前回は乗車券売り場が見つからず、自販機の使い方が分からなかったので断念したが、僕自身のモチベーションが「せっかくだからウィーンの町でも見ておくか」だったのもある。今回は明確に「ロードオブザリング・二つの塔を観る!」という目的があるので、自販機だって使ってやるぞ!
 えーと、これが子供用ラインで、ということはこっちが大人用ラインかな? 123・・・とずらっと並んでいるのは、枚数か、区間か。って、関係ないか。どのみち一人で一区間乗るだけなんだから。大人の1のボタンを押す。1.5ユーロか。よし、買えた! 切符さえ買えれば、乗り方はザルザルなヨーロピアンスタイルだから楽勝だ。
 もう西駅には戻って来ないので、大リュックは持ったまま。地下鉄の駅で、コインロッカーがあるといいんだけどなあ。
 三つの地下鉄の路線が集まる中心駅、シュテファン駅(シュテファン大聖堂のすぐ下)で下りる。……やっぱりコインロッカーはないか。ともかく外へ。探すべきはロッカーとシネマだ。

 しかし、さすがはウィーンWien(ヴィエナViena)。相変わらずぽーっとした日本人観光客がそこここに大量にいるなあ。西駅でも見かけたけど、ここセンターに来るとさらに多い。なんでこんなに他の国の人と比べても飛び抜けて、抜けた顔をしてる人が多いんだろう。特に若い女性。……分からん。失礼な感想だとは思うけど、正直不思議だ。

 とりあえず適当なベンチに腰掛けて昼食。昨日買っておいたお菓子の残りと、ブダベスト南駅で買ったファンタ。
 ともかく、ロッカーもシネマも、ざっと見回しただけではどこにあるのかさっぱり分からない。仕方ない、ツーリストインフォメーションに行くか。オペラハウスの近くにツーリストインフォメーションがあり、金曜日の今日は開いているはず……開いてた。
 しかし、犬連れが多いなあ。それだけ犬のしつけが行き届いている国ってことなんだが……。列車やツーリストインフォメーション、ホテル内で犬を見てもなんとも思わなくなってたけど、日本じゃ考えられないことだよなあ。

 で、ツーリストインフォメーション。
 そんなに混んでないのはいいんだけど、僕に対応した姉ちゃん、こっちの話を聞かないでホテルを勧めてくるのは勘弁して……まあ確かに、大リュック背負ってるけどね。夜はブラチスラバで泊まることにしてるから。
 立て板に水のごとく喋り続ける姉ちゃんに手を焼き、とりあえず舌が止まるのをぼんやりと待っていると、横にいた日本人のおばちゃんが
「どうしたいんですか?」
 と尋ねてきた。このおばちゃん、ドイツ語がペラペラで、パンフレットをごそっと取りに来てたから、在住のエージェンシー関係の人あたりだろう。せっかくなので、好意には甘えよう。ありがとうございます。
「このリュックを置けるロッカーと、映画館を探しているだけなんです」
 と言うと、ロッカーについては、鉄道駅にならあるはずよとのこと。近くのセルフの食堂にもそういうコーナーはあるが、その大きさでは無理ではないかとも。100リットルのリュックですからねえ。ま、地下鉄の駅にはないと分かっただけでも収穫だ。
 映画館については、「何の映画が見たいの?」と。このインフォメーションの姉ちゃんがそこまでの情報を持ってるとは思えないんで、適当に近くの映画館を教えてもらえれば。ロードオブザリングは大作だから、大抵やってると思うし、やってなくても映画館ならどこそこに行けとか教えてもらえるんではないかと。
 ありがとう、おばさん。おかげで一気に話が進みました。


●映画鑑賞
 教えてもらった映画館は、想像以上に近かった。すぐ目の前のリンクに出て、南側を少しオペラハウスより西へ……これですか? なんか古くて小さそうな……あ、指輪のポスターがある、よし!
 ドイツ語のタイトルは『DER HERE DER RINGER』なのか。まさか吹き替えじゃないだろうな。料金はたった6.5ユーロ。

 次回の上映に入れるそうだ。で、スケジュールがよく分からないんですが、次回上映は何時からですか? 
「NOW」
 ……え?
 次の上映は13時30分からだとか。今、まさに13時30分。おお!
 ……で、このリュック、どうしましょう? 持って行けばいい? はあ。このでかさが他の人の邪魔にならないんならそうしますが。いいんですね?

 ホールは二階式で、下に200、上に100席くらいのシートがあるものだった。ぱっと見はあまり大きくないんだけども。
 オーストリアでは公開三日目で、平日の昼からの回という条件が重なったからだろうか、非常に空いている。というかガラガラだ。上は分からないが、下ではせいぜい20人くらいしかいない。なるほど、これならリュックを持ち込んでも、楽勝で横に置いておけるよ。

 そして映画が始まった。タイトルは英語のまま、「THE LORD OF THE RINGS -THE TWO TOWERS-」オーストリアはドイツ語圏だからどうなることかと思ったけど、無事に英語だ。というか、字幕すらない。この国の人は、英語なら普通に理解できるってことかな?
 僕の英語力は語りの部分はやっぱりよく分からないが、ショートセンテンスなら大体何とかなるレベル。理解できるのは全体的に3−4割といったところかな。この旅で、個々で分からないところはそのままに、全体の流れを掴むという「斜め読み」の方法を体得してるので、それでもなんとかなる。もちろん、根幹の単語が分かれば、だけど。それに指輪物語は原作を読んでいるから大筋は分かっているし。

 いや、面白い。フロドが次第に指輪の魔力に取り込まれそうになっていく様も見事に描かれていて感心した。
 そしてガンダルフ、格好いいなあ。ロヒリムとエルフの助力も燃えるし、レゴラスやギムリの誇り高さも見事に描かれている。エルフ・ドワーフ系列が好きな者として、嬉しい限りだ。
 そして何より、トレントがー! 特撮技術の面目躍如だ。原作を読んだ限りでは、ここまでのすごい画は頭に浮かんでなかったよ。クライマックスにふさわしいシーンだった。
 サムは相変わらず漢だったし。Sam the brave・・・まさしく。
 3時間の長い映画だったけど、出だしからしてガンダルフとバルログの戦いで引き込む演出の妙。ぐいぐいと引き込まれ、全然長さを感じなかった。よく空いていたおかげで映画に没頭できたのもあるだろうけど。
 いやあ、この映画を見るためだけに強引にオーストリアに寄った甲斐があったよ。うん。


●スロヴァキアへ
 外に出ると、16時30分。もう薄暗い。
 物価の高いオーストリアで泊まる気はないし、当初の予定通り南駅へ向かう。……今回のウィーン、本当に映画「だけ」だったなあ。
 Uバーンの駅に行くが、やっぱりチケット売り場が分からない。うう、なんでUバーンは駅員のいる窓口がないんだろう。また悪戦苦闘して、1.5ユーロの切符を買って乗り込む。
 南駅に到着して、上へ。初めて来た時に到着したのと同じ、ユーロラインのバス発着場に着いた。さて……。

 ここで気が変わった。

 そうだ、これが最後の機会だろうし、ウィーンからブラチスラバ行きの列車に乗ってみよう。丁度目の前にウィーン南駅があることでもあるし。
 五分後に迫った17時発のバスのチケットを買うのをやめ、南駅の構内へ。
 ……どこにあるんどいや。Uバーン(地下鉄)、Sバーン(近郊電車)、バスターミナルはすぐ分かるんだけど、長距離列車のホームとエントランスが分からない……。10分ほどうろつき、ついに、ずっと北の方にそれらがあるのを発見した。案内板くらい出しておいてよ……。オーストリアの鉄道って、システムを知らず、ドイツ語の読めない者には不親切だよな……。などと思いながらチケット売り場へ。17時12分。
 時刻表を調べたら、次のブラチスラバ行きは17時22分発だ。ちょうどいいな。で、窓口に並ぶ。
 ……おい。なんか前の三人組の白人(英語を喋っていた)、寝台のチケットのことをグダグダと尋ねている。ここは窓口だ。相談ならインフォメーションに行け。他の窓口は長い列を成しているのに、ここだけ全く人がいなかったんだから、かなり長い間ここにいたんだろうな。

 仕方ないので待ち続け、やっと立ち去ってくれた時にはほっとした。さて、買うか。
 彼らにカリカリしてたのは僕だけじゃなく、窓口のおっちゃんも同じだったようで、僕と目が合った瞬間に無言のアイコンタクトで合意したやり取りは大声で、えらく威勢のいい、きびきびしたものになった。会話は一言一句の漏れなく、以下の通りだった。
「Hello!」
「Hello!」
「Where?」
「Bratislava!」
「OK! nine,ten!(9ユーロ10セント)」
「OK,this!(お金を出す)」
「Good! ticket,this! Your train,17:22,Platform,1!(チケットを差し出す)」
「OK,danke!(サムアップサインを出しつつニヤリ)」
「Bye!(ウインク)」
 さぞやおっちゃんもすっきりしたことだろう。僕も面白かったよ。ふと視線を感じて隣を見ると、横の列の人が目を丸くしてこっちを見ていた。ほとんど叫んでたもんなぁ。あはは。お騒がせしましたー。

 今回のオーストリアではトイレ0.52+地下鉄1.5×2+映画6.5+鉄道9.1=19.12ユーロか。手持ちのお金で楽勝だったな。
 そして一番線ホームに上がる。ブラチスラバ行きの国際列車は、電気機関車に曳かれる客車列車(二等)が二両。……こんな短くてチープな首都間を結ぶ国際列車なんて初めて見たよ。
 車内はそんなに混んでない。半分以上の客は、どう見ても仕事帰りのオーストリア人。国際列車である以前に近郊通勤列車なんだな。
 18時10分まで、ちょこちょこ停まりながら列車は行く。そしてボーダー。……って、あれ? なんで先にスロヴァキアの入国管理官が来るの? いい加減だなあ。そしてその後ろから、オーストリアの出国管理官が。

 そして18時40分、ブチスラバに着いた。
 もうすっかり、ここも勝手知ったる駅になったなあ。いつもの両替屋に行く。ノーコミッション(手数料)で、うるさい書類書きもなく、とっても楽なんだ。残っていたフォリント9200Ftが、1334skコルナに。そんなもんか。もう今さら、ちょっとの違いはいいんだけどさ。


●ブラチスラバは落ち着くなあ
 19時00分発の一番トラムで旧市街へ。
 もう、脇目も振らずにまっすぐホテルキエフへ。嘘です。途中TESCO百貨店に寄って、クリスマスまで閉店が24時だとチェックしました。
 もうホテルキエフのフロントの人やボーイさんともすっかり顔なじみで、僕を見ても
「また来たのかい」
 てな具合にゆるく迎えてくれた。またお世話になります。
 とりあえず3泊するので、今日はお金を節約するために1,200skのテレビなしの部屋に。もう遅いし、この後は食事とネットをして日記を書いたらもう見る時間もないし。でも、考えてみたらもうヨーロッパも、というかこの旅も終わりなんだし、明日と明後日はテレビのある部屋、朝食なし1800skに移ろう。

 今日は402号室。ぽんと荷物を置いて、外へ。
 お腹減ったなあ。二軒ある近場のピゼリアのうち、遠い方へ。こっちは英語メニューがあるし、何よりピザもスパゲティも格段においしいんだ。
 そして20時過ぎ、TESCOへネットをしに行く。安心して日本語が使えるのは久しぶりなので、入れ込んでカタカタやっていて、ふと気付くと客は僕一人になっていた。横に来たスタッフの姉ちゃんに
「ここは今日は何時に閉まるの?」
 と尋ねると、申し訳なさそうに答えて言うに、
「21時(ナインピーエム)なの」
 と。
 時計を見ると21時23分。思いっきり過ぎてるやん!
「いいの、気にしないで」
 くうう、スロヴァキアの人は本当に穏やかで気のいい人が多い。こういうところが大好きなんだけど、申し訳ないよ。急いで書きかけだったメールだけ完成させて送信、席を立つ。ごめんね、ありがとう。

 それからこっちは24時まで開いているデパートで、スロヴァキアのCDを買う。フォークミュージックと何やらスロヴァキアポップスコーナーで売れ行きNo.1だったもの。……ってこれ、映画のサントラやん。あちゃあ。
 さらにTESCO内をぶらぶらと。土産物に299skのトレイはどうかと思ったけど、これ、ウィスコンシンって日本でも見かける輸入ブランドじゃ?
 結局それ以上は何も買わず、ピルスナーの小瓶を買って帰る。

 日記を書きながら、ウィーンで見た日本人女性の特徴について思い返してみると、ぽーっと緩んだ顔をしている若い女性は、特にグループに多かったように思う。集団でいることによる安心感もあるんだろうか。ボケているとは思わないけど、目の光の強さ、シャープさが他の国の人達とは全然違うんだよなあ。若い男性は見かけなかったので分からないけど。
 これまでの旅で会った日本人旅行者は、東南アジアでも、ヨーロッパでも、一人旅や二人旅をしている人はみんな、佳い目をしてたけどなあ。今の自分の価値観がこっちサイドにあることや、「身内」に対する贔屓目もあるのかもしれないけど。
 悪いけど、あんな目をしてうろついていたんじゃあ、犯罪に遭ったり変な男に騙されたりするのも不思議はないかもしれない、正直。今まで散々現地の兄ちゃんに「日本人女性は落としやすい」と聞かされていたのを「そうかぁ?」と眉に皺を寄せて否定しいてたけど、今日は「そうかもしれない」と思ってしまった。少なくとも外から見ると、そう見えるんだ。
 別に常にピリピリしてろとは言わないけど、世界でも有数の安全な国である日本ではなく、先進国だろうが辺境だろうが異国の地にいるんだから、最低限の緊張感と注意力は持っていてもらいたいものだ。悲しくなるから。
 まあ、こんな偉そうなことを書いても、僕自身は外から見たらどう見えているのかは分からないんだけど。そんな感じかもしれないし。自戒自戒。



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