ほろほろ旅日記2002 11/1-10
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スウェーデン
11月1日(金) ストックホルム
だから、今日は夜まで特に予定はないから朝はゆっくりしていいのに、なんで六時間しか眠れないんだ。夢見も悪いし。まあ、体調が悪いときはそんなもんだけど……。
時間ぎりぎりまでごろごろしてから起きだし、ホテルの朝食。確かにおいしいけど、もっとビタミンを摂取しないとなあ……。
11時にチェックアウト。
●ストックホルムほろほろ・サブカル系
少しの間お願いしますとフロントに荷物を預け、昨夜ガムラ・スタンを歩いていて見かけて気になっていた、サイエンスフィクションという名の店に行ってみる。
やはり、読み通りだった。いわゆるサブカルチャー全般を扱う店だ。日本の漫画、アニメDVD、スウェーデンでもこんなに売られてるんだ……思いっきりコアな趣味の人向けの店ではあるけど。店内の客層も、人種は違えども雰囲気は日本と大差ない。
漫画をぱらぱら見てみるが、ちゃんとスウェーデン語に翻訳されている。ママレードボーイ、CCさくら、無限の住人、電影少女、GTO、その他諸々、諸々。……すごいや……。
で、奥にはゲームズワークショップ。ここにはD&Dとかいろいろ置いてある。うーむ、すごい。日本ほどいっちゃってないが、いわゆるこの国のオタク系ショップだな。
●ストックホルムほろほろ・買い物
11時30分、宿に戻って荷物を受け取り、ストックホルム中央駅へ移動。
みぞれ混じりの雪がちらついている。とりあえずコインロッカーにでかぶつを放り込んで身軽になり、町へ。とは言っても今日はもう特に観光をするつもりはない。体力的にこれからを考えると、ここは必要なことだけして後は体を休めるべきだと判断したので。
まずは薬局だ。昨夜はトローチしか買えなかったし。……くそう、なんで総合感冒薬が買えんのだ。昨日はトローチ、今日は熱さまし(31Kr)……。
あきらめてスポーツショップへ。インタースポーツという店で、一度は高くて断念したけど、これから先、絶対必要になると思うので大リュックにも対応できるサイズのレインカバーを購入。180クローン。日本から持って来てたやつは、前のリュック用だったから今のには小さすぎて使えないんだよなあ。ついでにオリエンテーリング用コンパスも見るが、基本のタイプ3が170クローンって、日本で買うより高いんですけど。さすがにパス。
これで後は、まだ行くかどうか悩んでいる、スウェーデン北部のアビスコの情報を集めれば旅立てるな。でも、今日のストックホルムの天気からしたら、行っても見晴らしなんてないんじゃないかとも思う。
ともかくツーリストインフォメーションへ行くが、13時現在、かなり混んでいたので再度買い物に戻る。
この国、よく見てみるとCDは安い。一番高い2枚組とかで、やっと200クローン。普通のなら100〜150だ。けどレストランで食事をすると、100は越えるし、電化製品なんかでも、たとえばスマートメディアは64Mで455Kr、128Mで955Kr。日本の倍するんだな。
ともあれ親への土産を購入。スウェーデンのものはなんというか、センスがいい感じだ。当然嵩張るものは買えないので、タイピンとペンダントにする。各55Kr。
●ストックホルムほろほろ・ツーリストインフォメーション
再度ツーリストインフォメーションに行くが、尋ねてみると、ここはストックホルム専用だからアビスコなどの北のほうのことは分からないとの事。それでもなんとか北方のパンフレットを探して持ってきてくれた。ありがとう。
それらをざっと読んでみると、スカンジナビアでは秋とは9月までのことを言うらしい。今はもう、思い切り冬ってことか。山とかは冬ならではの美しさがあるのは分かるけど、問題は天気がいいかどうかだよなあ。……それに、見ていると北の田舎の方に行ってもホテルが高いよ。600〜700クローンって、まさにスキーリゾートの値段やん。1万円超えてるよ……。
などとインフォメーションセンターのベンチに腰掛けてパンフレットを読み耽っていると、
「日本の方ですか?」
との声が。脊髄反射で無意識に
「はい、そうですよ」
と答えてから、日本語で話しかけられたことに気付いて慌てて顔を上げた。そこに立っていたのは、ちょっと白髪混じりの、上品そうなおばさんだった。
ストックホルム在住の人とのことで、そのまま世間話をする。
「最近は寒くて暗いからちょっとね」
「ダーラナ地方は人もいいし、いいとこよ。でもちょっと今は暗いかしら」
「自炊すれば税金が少なくてすむわよ」
「ホテルなんかだと25%は税金ね」
「エストニアとかに行けばさらに安いわよ」
等、いろいろと教えてもらった。僕も久しぶりに気持ちよく日本人と話が出来た気がする。情報も、実にタイムリーにいい話が聞けたし。この人もインフォメーションセンターに来て声をかけてきたってことは、他の日本人と話したい気分だったのかな。なんにせよ、いろいろな意味で助かりました。本当にありがとうございました。
●ストックホルム中央駅へ
それからもしばらく談笑した後、おばさんと別れ、ストックホルム中央駅へ向かう。
おばさんと話して、直接鉄道の終点、ナルヴィクへ行く決心がついた。どうもアビスコは、僕みたいな何の装備もないバックパッカーがふらりと観光するにはシーズンを過ぎてしまっているようだ。
で、この駅で一番大きいチケット売り場で聞くと、北方路線は別のチケット売り場だと言われた。FOREXの横の小さい売り場。もしかして別会社なのか?
ともあれストックホルムから終点のナルヴィクまでの寝台チケットを購入、635クローン。
……安いぞ。かなりの長距離列車なのに。
列車まで時間があるので、これから先北極圏でできるか分からないので、ネット屋へ。ここに来て、やっとまともに日本語を書き込める環境の店を見つけたけど、まあよしとせねば。家などへメールを送ってから、情報収集。16時までやって、駅に戻る。
今のうちに夕食を摂っておこう。ホットドッグ15クローン、ハンバーガー肉150g35クローン。150グラムってでかい! フーバーより食べでがあったぞ。
それからコインロッカーへ荷物を取りに行き、大リュックのレインカバー交換。180クローンもしたんだ、役に立ってくれよ……。よし、サイズは十分。よかったー。
●世界最北駅に向かう列車
とかしているうちに、だんだん時間が近付いてきたので、ナルヴィク行き寝台夜行のホームに向かう。
少し遅れて入ってきた列車は、ルレア行きと共同だった。まあ路線図を見たら当然かな。列車編成はまず機関車、そして何台も連なる客車の真ん中に食堂車が挟まれる編成。そっか、食堂車かあ。一度食べてみたかったんだ。後で行ってみよう。
それにしても、スウェーデン国鉄、恐るべし。正直、なめてました。20時間も走る寝台車なのに、仮にも先進国の鉄道が一万円という安さで売っているのだから、さすがに少々グレードが落ちる車両なのではないかと思っていたんですが。甘かった。やって来た列車は、すごく新しくてピカピカだった。
シートもクッションも実に立派だ。しかも読み物と水のサービスつき。すごい……。
と、それはいいんだけと、僕のコンパートメント、今のところ僕一人だけなんですけど。あまり旅行者のいない日程なのかな? それともここから先、乗り込んでくるのかな?
ともあれ17時3分、列車は実に静かに、スムーズに発車……え? ちょっとちょっと。まだチケットチェックしてないんだけど。ホームでも改札も何もなかったのに。発車していいの?
そんなこっちの心配をよそに、列車は車両区を抜けると、スピードを上げてきた。走り心地も実に快適だ。保線がしっかり行われている広軌鉄道って、こんなに気持ちがいいのか。知らなかった。日本の広軌鉄道たる新幹線は、言っても思い切り飛ばしてるからそれなりに揺れるしなあ……。
まあ、この列車もどう見ても100キロは楽に出てるんだけど。この勢いで走ってもナルヴィクまで20時間かかるんだよなあ。1500キロ先というのがいかに遠いのかを実感した。
●世界最北を目指す鉄道旅
17時16分、ようやくチケットチェックが来た。
「Ticket,please.」
物凄く丁寧で、愛想がいい。感じいいなあ。さすがは北欧。
そして、さすがは極北の地を征く鉄道。細かい心配りが設計の段階から行き届いている。窓の脇にジャンパーなどの防寒着をひっかけておくフックがあるんだけど、ここにモコモコのジャンパーを掛けても窓際の席に座っている者の邪魔にならないよう、壁と座席の間にスペースが取ってある。こういう気配りの設計は、今までの国にはなかったものだ。なんか嬉しくなってきた。
相変わらず僕のいるコンパートメントは僕一人だが、隣のコンパートメントはどうやらおばちゃん集団がいるようで、実ににぎやかだ。また、このおばちゃん達がものすごくゲラで、壁を突き抜けて笑い声が響いてくる。……まあ、寂しくなくていいや。
それはそうと、この最北の鉄道、もしかして他のスウェーデン国鉄とは別会社なんだろうか? チケット窓口も別だったし、よく見るとシンボルマークも違う。少なくともJR西日本とJR東日本みたいな関係なのかもしれない。
ウプサラを出て、時刻も18時を過ぎたのでそろそろ頃合だなとビストロカーに行くが、18時過ぎという時間が悪かった。みんな考えることは同じようで、車両は満席だった。
さらに何か注文しようとしてもメニューはスウェーデン語のみだったので、さっぱり分からない。仕方ないのでビールとサンドイッチだけ買って、コンパートメントに退散。PITE
PILSの中瓶とサンドイッチで79クローン。スウェーデン内だけあって、スウェーデンクローンで普通に買えた。焦って両替しなくてよかった。国際列車内では、いつもこの問題に悩まされるんだ。これなら、ストックホルム中央駅で小銭を減らそうとキットカットを買ったのも、あまり意味なかったかなあ。
20時41分、まだコンパートメントに一人だ。もしかして、このまま最後まで一人なんだろうか。ま、気楽でいいけど。
20時56分、Ljusdal(リュスダル)発車。この辺りになると、路面には雪が積もりだしている。そうか、雪か……。
外は真っ暗闇で景色も見えないし、コンパートメントには一人だけで暇なので、この間に日記を書く。しかし、鼻と咳、どうにかならないものか。辛い。
気がつけば22時前だったが、スタッフは誰も来ない。もしかして、寝台へのベッドメイクは自分でやるのかな?
22時、Ange(アンジェ。Aの上に○)で割と長いこと停まっている時に、どうせ暇なのでベッドメイクをした。
22時30分、そろそろ寝ようかと思い出した頃、Bracke(ブラーケ。aの上に点二つ)から一人、兄ちゃんが乗ってきた。アンジェから勤務交代で乗り込んできた車掌さんに、このコンパートメントには僕一人だけかと尋ねた際、
「ブラーケ、ワンパーソン」
と言っていたのはこの人のことだったのか。僕はてっきり、ボーデンまで一人だと言っているのかと思った。それにしては町の名前が変だなとは思ってたんだけど。
乗り込んできた彼は、どうやらスキーヤーのようだ。今日は金曜日の夜だし、この先へ滑りに行くんだろうな。それにしても一人で行くなんて、向こうに友人がいるのか、あるいは一人でとことん滑りたいというかなりのマニアなんだろうな。
この寝台は上下二段なので、実に快適だ。それにしてもずっと車窓風景を見ているけど、駅以外、全く灯りがないなあ。ただただ雪原が広がっているのかな。極地方の先住民族のサーメ人、すごいところに住んでるんだなあ……。
そんなことを思いながら、雪の闇の中を行く夜行列車の中で眠りについた。
スウェーデン王国
Kingdom of Sweden → ノルウェー王国
Kingdom of Norway
11月2日(金) →(イェリバレ)→ キルナ →(アビスコ)→(国境)→ ナルヴィク
●広大な白い世界
7時37分起床。気持ちよく眠れたと思う。
なんだか動いてなかったのでカーテンの隙間から外を見てみると、MURJEK(ムルジュク)という駅で停車していた。
時刻表を見てみると、既にルレア行きと分かれるボーデンは過ぎていたようだ。本当によく寝ていたんだなあ。車両の分離は見てみたかったんだけど、仕方ない。
それにしても、あらためて時刻表を見て思ったんだけど、ボーデンとムルジュクの駅間距離、87キロって……。北極圏の人口密度、すごいことになってるんだなあ……。
列車が動き出した。外は一面の雪景色だ。針葉樹にびっしりと雪が覆い被さっている。昨日の夕方までいたストックホルムと比べると、一気に世界が変わった印象だ。とはいえ、昨夜の20時の時点で外には雪があったから、それから十二時間、ずっと雪の世界を走り続けているんだなあ。ううむ、広大だ。
改めて気づいたが、ムルジュクってことは、もうとっくに北極圏に入っているわけだ。ついに来たんだ、北極圏。この旅の最大の目的地へ。
凍結した雪を被った針葉樹林が次々と後ろへ流れていく。川が凍結して、その上を人が歩いている。川幅が50メートルくらいある川なのに。そんなに寒いのか。
世界最北を走るこのオーフォート線は、旅客列車は一日に6本しか走らないはずなのに、すごく保線状態がいい。それだけ貨物列車が走りまくっているということかな。この鉄道の成り立ちを考えれば、多分そうなんだろう。
……それはそうと、もしかしてこの列車の窓、締め切りではなく、凍り付いてて開かないのか?
見渡す限り360度、雪の原野が地平線の彼方まで広がっている。凄いよなあ。雪景色だから分からないけど、夏場は何の土地なんだろう。人の住んでる気配もないし、畑とも牧草地とも思えないし、やっぱり荒野、原野なのかなあ。
●イェリバレを越えて
8時30分を過ぎ、次のGallivare(gの次のaは、上にドット二つ)駅が近づいてきた。同室だった兄ちゃんが荷物をまとめて降りていった。こっちの人は、降車際の手際がよい。どうやら次の駅はイェリバレで、そこでスキーをするらしい。お気をつけて。でもこの人でも、列車に10時間乗ってたんだよなあ。全線完乗する僕が、いかに長距離の客かということだなあ。
と、突然原野の中に町が現れてきた。イェリバレだ。中学の地理の時間に覚えたほどの町だが、荒野の中に現れるロケーションはインパクトがあるが、サイズ自体はそこまで大きくないようだ。
列車がイェリバレーを出、再び荒野の中を走り出したので、食堂車に出向く。お腹も空いたし。と、食堂車は夜の間に別の車両に変わっていた。厨房がなくなり、代わりに車両の後ろ半分が天井までガラス張りの、展望ラウンジカーになっている。
それはいいんだが、残念ながらあまりいいメニューがない。パン、バター、菓子パン一つ、ジュース一本で40クローネ。うーん。全然足りないんだけど、金銭的にはこれ以上出せないから仕方ない。
それはそうと、どうも最近、眼鏡をかけるとすぐに目が疲れる。度がずれてきてるんだろうなあ。
●キルナへ
雪化粧した樹林に朝日が当たって輝く様は、清冽な美しさだ。それにしても、このあたりの景色、特に雪の具合を見ていると、アビスコに行かないことにして正解だな。ここでこれなんだから、山岳地帯のアビスコなんて、とても普段着の僕が歩き回れる状態じゃないだろう。
列車はひたすらに北北西へと進んでいる。地図を見ると、アビスコまでは大体このままの方角へ進むようだ。イェリバレの時点でかなり山間部に来たと思っていたけど、周囲を見ると、まだまだ平坦地が広がっている。スカンジナビア山脈の偉容を目に出来るのは、キルナを過ぎてからかな?
それにしても、こんなに人跡稀な、ただひたすらの原野の中で、よくぞ鉱山を見つけたものだ。一体どうやって見つけたんだろう。これが見つかっていなければ、当然この地に鉄道はなかったろうし、ひいてはスウェーデンの発展も今の形ではなかったんではないだろうか。もしそうなっていたら、この辺りのラップランドはさらに、さらに秘境の地だったんだろうなあ。
……今更ながら、ガイドブックを読んでいて気がついた。今日は土曜日。土日は今日の目的地、ナルヴィクの i ことツーリストインフォメーションは閉まってるんだ。参ったなあ。こんなことなら週末の間だけでもスウェーデンをもっと巡ってれば良かったかなあ。思い切って、キルナかアビスコツーリストで降りようかな。……いや、だめだ。この後の日程や予算を考えたら、一日でも早く先に進まなければ。
などと考えているうちに、キルナに到着した。ここではイェリバレの時以上に、相当の人数が降りていった。
車内から見るキルナの街並みは、色合いはスウェーデンらしい赤だけど、なんというか、近代的だ。スウェーデンの奥の奥まできたはずなんだけど、さすがだ。
発車まで時間があるので、ちょっとだけ外へ、ホームに下りてみる。体が十分に温まっているせいか、天気がよくて風もないせいか、−10℃以下という寒さは感じない。体感的には0℃くらいのイメージだ。まあ、外をずっと歩いていたら変わるんだろうけど。
ああ、太陽がまぶしい。さすが、北に来ただけあって、緯度が高い分、太陽が低い。もうすぐ午前10時だというのに、思い切り横からの光だ。雪の白さと光線の加減があいまって、なんとも非常にいい感じの景色だ。北極圏に入って早々、無理してでも来た甲斐のある光景に出会えた。幸先いいな。
駅のすぐ西に広がる湖も、見事に凍っていて、しばらく湖だとは気付かずにいて、なんでこんなに広い土地があるんだろうと思っていた。
●アビスコへ
列車は進路をやや西寄りに変えたようだ。一瞬、太陽が左手の窓から見えた。
キルナを過ぎ、いよいよ山脈に差し掛かりだした。植生(フローラ)も、どっしりとしたものから細く、低い灌木に変わってきた。湖がたまに山肌の間に見えるが、単に白い平原にしか見えない。線路と平行に走る道路の両脇に、そこにある道路との境目を示すポールが突き立っているのがいかにも雪国らしい。景色はどんどんと荒涼さを増していく。
ああ、それにしても、写真を撮る時、鞄からぱっと出してさっと撮ってすぐにしまいこむ癖、抜けないなあ。北欧は先進国だからそこまで神経質にならなくてもいいのに。荷物を座席に置いて食堂車とかに行くこともできるし。同じく今までの癖で、とてもそんなことはできないけど。
ん、窓に体重をかけて写真を撮り続けていたら、窓枠に少し手ごたえが。これはもしかしたら……おう、窓が開いた。やはり凍りついていただけのようだ。
雪山のと荒野、湖の織り成すコントラストが本当に美しい。
しかしまあ、なんというか。宮脇俊三さんの言を借りれば、「よくぞこんな所に鉄道(せんろ)を敷いたものだ」と思う。
線路は湖に沿って山の奥に分け入っていく。今横を走っている湖は特に大きく、ここまでのサイズになると、中央まで完全には氷結していない。というか、大半がまだ凍っていない。ええい、ガイドブックの地図を見てもこの湖の名前が載っていない。もどかしい。北欧にはこういうフィヨルド湖はいくらでもあるから、いちいち載せていられないってことかな。
ああ、雄大な景色だ。見渡す限り、鉄道と道路以外、人の手が入ったものが見えない。さすが北極圏。
この地の動画もあります。
こんなになだらかな地形なのに。スカンジナビア山脈の頂近く、アビスコの近くまで来ても、日本的な狭い谷ではない。フィヨルド地形はスケールが違う。
アビスコ駅の手前で山を見ていたら、天気が悪いから無理だろうと諦めていた釣り尾根、「王様の通り道」が見えた!
これは嬉しい。これで直にナルヴィクに行っても心残りはない。雪景色は上から見下ろしても雪景色だからなあ。この辺りは景色がよく、車窓を右に左にと忙しい。たまに集落が姿を見せるが、こんなところで暮らす気分って、どんななんだろう。
写真を撮りたいので寒くても窓は全開にしている。車両がコンパートメント形式なうえ、今現在、ここには僕だけだから気兼ねなく開けていられる。他に人がいたら、さすがこの寒さでは開けていられないからなあ。運が良かった。
そして、列車はアビスコ駅へ。アビスコ・ツーリストステーション駅かな。季節がよければ、ここも大勢の観光客でごったがえすんだろうなあ。駅の規模からしてもそうだろう。でも、この季節なので、静かなものだ。
●国境へ
アビスコの駅を過ぎ、ここからはいよいよノルウェーとの国境に向かう。早速トンネルに入った。山岳地帯を国境にしているから、これからどんどんトンネルが出てくるはずだ。
と、たまたま太陽が「王様の通り道」の間から顔を出していた。これは撮らねば。うん、下車はできなかったけど、自分なりにアビスコには満足することができた。
それにしても、11時過ぎなのにこの太陽の角度って……。高緯度地方に来た事を、寒さ以上に実感する。
国境が近づくにつれ、谷が狭まってくる感じはしないが、山肌がどんどん荒々しくなってきた。どう考えても氷河に削られた、そのままの姿だ。
反対の車窓に目を転じれば、相変わらずはるか彼方まで伸びている、凍結したフィヨルド湖のなだらかな姿がある。
しかし一方では、生々しいまでの地球の息吹を感じさせる岩山がすぐそばまで迫っている。
そんなダイナミックな地形の中を、列車は一路西へ、大西洋に連なるノルウェー海に面した港、ナルヴィクへと突き進んでいく。
●ノルウェー
スウェーデン最後の駅だろうBjorkliden(ビュールクリデン)で、またえらく大勢の乗客が降りていった。なので、イミグレはないにしても、パスポートコントロールでもあるのかと勘違いして危うく降車しかけてしまった。近くにいた乗務員さんに確認したらそんなことはないとのことだったので、コンパートメントに戻ったけど。危ない危ない。
ノルウェーはEU加盟国ではないが、ヨーロッパの多くの国同士で締結しているシェンゲン協定のおかげで、パスポートチェックはなく、そのまま通過できる。
それにしてもあの人達、ここで降りて何があるんだろう。
いよいよボーダーにさしかかってきた。トンネルやスノーシェルターの数も急増する。それと反比例するように、人類の痕跡がさらに減り、鉄路と道路以外に全く見当たらなくなってきた。
まったく、日本では「人の手の入っていない、ありのままの自然」の景色を探すのが本当に難しいってのに、ここでは全く反対なんだもんなあ。
●壮大にして壮麗なるフィヨルド
長めのトンネルを抜け、列車はノルウェーに入った。はずだ。
下りに入った列車は、フィヨルドの最上部を、へばりつくようにして進んでいく。なんて景色だ。スウェーデン側以上に荒々しい岩肌が、眼前に広がっている。というか本来なら、僕みたいな一般人がなんの装備もなしに立ち入っていいような景色じゃないよ、これ。本気で線路以外は人跡未踏なんじゃないのか。
と、一つの岩肌を回り込んだ時、眼前の視界がぱあっと開けた。その景色に、言葉を失った。
……なんだ、この景色は。なんて圧倒的な迫力のフィヨルドだ。
写真やテレビで知ってはいたが、実際に身を置くと、こんな景色が実在していることが、そんな中に自分が存在していることが、現実のものとして捉えられない。
雄大、壮大、壮麗。スウェーデンから国境を越えた途端、強烈な一撃を貰ってしまった。海側から来ていたら、ここまでの感動はなかったかもしれない。それほどに、スウェーデン側の景色とは違っていた。
本当に、自然の力というのは、圧倒的なまでに凄い。そして、こんなところに線路を敷き、あまつさえ維持運用できてしまえる人間というのも凄い。そういう凄いものに出会い、感動を受けるのは旅の醍醐味だが、ここの景色はこの旅の中でもトップクラスの衝撃だった。
ここまで旅をしてきて、北極圏に来ることをぶれずに貫いてきて、本当によかった。
一人で浮かれている僕を乗せて、列車はタイムテーブルどおりにフィヨルドの縁を駆け下っていった。
●到着、ナルヴィク
半ば呆然としながらフィヨルドの景色を眺めているうちに、にわかに気配が変化しだした。まだまだ山の中だと思っていたのに、急激にフィヨルドの底が近づいてきた。と、いうことは。地図と照合すると……見えた、ナルヴィク! ……って、地図でノルウェーに入ったらすぐに着くのは分かっていたけど、本当に急峻な地形だなあ。一気に山を駆け下ってきたから、耳がおかしいや。
列車は定刻よりもやや早く、これ以上は先のない終着駅、ナルヴィクに到着した。
最北の不凍港、ナルヴィク。ついにここまで来た。なんか感慨深いものがある。目の前のノルウェー海は、目指すノールカップに繋がっている。
ついにノールカップに繋がるノルウェーに、それも中学の頃必死に名前を覚え、まさか自分が来ることがあろうとは思ってもいなかったナルヴィクに来たことで、舞い上がっていたのだろう、ついさっき、土日はナルヴィクのツーリストインフォメーションは閉まっていると確認していたのに、実際に出向いて閉まっているのを見るまで思い出さなかったりした。
駅の南にあるショッピングモールを抜け、街中に出る。思ったよりこじんまりした町だ。中心部だけなら、あっという間に歩いてしまえる。キルナなんかもそうだったけど、知名度はともかく、極地方はそんなに人がいないんだろうか。ガイドブックによれば、ナルヴィクの人口は18,499人。
それでなくても日照時間が足りないのに、さらに曇っていると、まだ午後の早い時間なのに、日本人の感覚で行くと夕方としか思えない明るさしかない。これは、何はともあれ、まずは今夜の宿を決めてしまわないといけないな。
●ナルヴィクの宿
確か、駅の近くでドミトリー1泊160ノルウェークローネ(NOK)の宿があったはず。駅にもチラシが貼られていたし。
が、実際に探し当ててみると、確かに駅やバスターミナルには近いが、値段なりの建物なうえに、メインストリートと鉄道の車両基地の線路に挟まれた立地で、とても落ち着けそうになかったのでやめにする。
元々、そんなに選択肢は多くない町だが、さらに冬季のオフシーズンということで閉まっている宿も多く、貧乏パッカーとしては行ける所は限られてくる。結局、『地球の歩き方・北欧編』にも載っていた、Breidablikk Gjestgiveri(どう読むんだろう……?)に行くことにした。
ガイドブックの住所と案内地図を照合すると、どうやら町の東側に山肌に沿って並ぶ住宅街の中、坂の上にあるようだ。歩いていこうとするが、路面凍結しており、僕の靴(ルーマニアで買った中国製のもの。靴底はどうもプラスチック製らしい)のグリップではつるつる滑って上れない。えええ、ここ、住宅街だよな……!?
他の人はどうやって行き来しているのかと思っても、時間帯の問題か、そもそも出歩いている人がいない。それでも行くしかないので必死に歩き……というか、はいつくばってよじ登っていく。もう見てくれとか気にしてる場合じゃなかったので。そのうち歩くコツ、歩ける場所を見抜くコツをつかみ、どうにかこうにか進んでいくことができた。
そうやって辿り着いた宿は、想像以上にきれいだった。よし、ここに決めた。
声をかけて宿の人に聞くと、ドミルームにも今は誰も泊まっていないらしい。うーむ、仕方ないけど寂しいなあ。値段は朝食込みで、一泊185NOK+50NOK。『歩き方』にはシングル一泊350NOKとあったけど、ドミルームかつオフシーズン価格なんだろう。シーツを持っているかどうかを聞かれたけど、持っていたらさらに安くなったりしたんだろうか。
それにしても、ヨーロッパに来てからこっち、写真を撮るペースが上がりすぎている。このままではカードが足りなくなるのも時間の問題だ。北欧なら大きい町に行けば買えるけど、値段が日本の倍、というか正規の定価分してしまうから、なんとかセーブするようにしないと。
●ナルヴィク散策
荷物を降ろし、外に出る。小さな町だから、中心部だけで大体の用事は事足りる。ネット屋がないらしいのは予想外だったけど。
まず、なにはなくともノルウェー通貨の入手だ。……今日は土曜なんだよなあ。軒並み両替屋は閉まっていて、手持ちのスウェーデンクローネを替えることができない。仕方ないので、ショッピングモールにあるATMで現金入手。
人心地がついたので、せっかく来たんだから観光でもするかと歩いてみたが、戦争博物館は閉まっていた。季節柄、町の背後の山に上るロープウェイが運行してないのは分かってたけど。残念。
ここまで歩いていて気付いたが、さすがに北極圏まで来たからか、ドイツ以降、当たり前になっていた黒人の姿を見かけなくなった。黄色人種はたまに見かけるが、それも大して多くない。今がオフシーズンだというのもあるんだろうか。
ともあれ、確かに小さいが、こぢんまりと物静かに落ち着いた、いい町だ。
午後三時に日が沈み、午後四時ですっかり夜になった。さすが北極圏。
買った新聞の天気欄を見ると、ナルヴィクなどの海沿いは、寒さはまだマシらしい。内陸部のキルナとかが−15℃とかなのに、ナルヴィクはもとより、ノールカップ最寄りのホニングスヴォークですら2℃とか書かれている。ま、風があれば体感温度は全然違ってくるんだけど。
いかん、ちょっとフラフラする。風邪気味なのが治っていなかったか。早く寝たほうがよさそうだ。今は一人だからいいけど、ドミで同室になる人がいたら申し訳ないし。体調はグリーンとイエローの境目近くだけど、はっきりとイエローに入り込んでるあたりだ。
●ナルヴィクの夜
夕食は、時間的には早いけど、暗さ的には何の問題もない午後五時前。宿の姉ちゃんに教えてもらったお勧めのレストラン、ASTRUDで。ノルウェー風シーフードパスタとビールで147NOK。ビールが50NOKもするとは。北欧の税率をあなどっていた。ストックホルムで会った日本人のおばさんが言っていた通りだ。食事はおいしかったが、食べ終わって一息ついていると、アルコールを摂取したせいか、グラグラしてきた。この体調は、本当にまずいや。頭もぼうっとしてきたし。早く寝よう。グラグラする頭を抱え、つるつる滑る道を宿に戻る。うむ、凍結した坂道にも慣れたな。
宿では何かのパーティーが開かれているようだった。きれいに飾られたテーブルの上いっぱいのグラス、民族衣装で正装した人々……。土曜の夜だもんなあ。体調がよければ写真を撮らせてもらいたいところだったけど、今はそれより、休憩が必要な状態なので、会釈だけして部屋に引っ込む。
でもこの宿、いいなあ。バス・トイレ・ベッド、いずれも清潔できれいで、いい感じ。今の不調な体には、清潔なのが特にありがたい。下がパーティーで盛り上がっているから、残念ながら静謐とはいかないけど。まだ7時前だけど、いいや、とっとと寝てしまおう。そしてノールカップに向けて、体調を整えるんだ。
……などと勢い込んでベッドに潜り込んではみたものの、いつもよりずっと早い時間なので、なかなか寝付けない。そのうち、空腹が我慢できなくなったので、起きだしてコンビニに買い物に行くことにした。さすがに普通の商店は閉まっている時間なので。昼間、あちこちうろついてコンビニの場所をチェックしておいてよかったあ。
暗さは、夕食の時と大差ないが、気温は下がってきている。滑る足元におびえながら、こわごわと歩いていく。おお、この夜景はきれいだ。
……このコンビニに限らないけど、なんでポテトチップとか、ミニパックがないんだろう。どれもこれもやけにでかい。もしかしてポテトチップすら、こっちの人にとっては主食の一つだったりするんだろうか。軽食スタンドとかで、ハンバーガーと一緒に山のようなフライドポテトをもりもり食べてる人をしょっちゅう見かけるし。体に悪いだろう、さすがに。そりゃあ、年を取ったら人類の限界に挑戦するように太っていくわけだわ。ドリンクも、水かジュースかアルコール、だもんな。コーヒーや紅茶はがぶ飲みしないし。ああ、お茶が飲みたい。
入り口近くにノルウェーの極地方(フィンマルク地方と言うらしい)の地図が売っていたので、すかさず購入。地図な人としては、これは外せない。
地図と軽食と水だけ買って帰ろうかと思ったけど、ふと目に止まった酒類のコーナーで足を止める。北欧では税金の関係でお酒は高く、そうそう飲めないけど、せっかくノルウェーに来たんだからと、記念にマックビールMack-ΦL(マック・ウル)も買うことにした。飲んだら寝やすくなるかもしれないし。
宿に戻ると、まだまだパーティーは盛り上がっていた。
部屋に戻って一息ついてから、ビールを飲む。このほんわりしたコクが寒い極地方に合うのかな。結構おいしい。お菓子はお菓子で、やたらに甘いし。チョコとかキャラメルとか。これもやっぱり、寒いから糖分を多く入れないと甘みを感じられないとかだろうか? それとも体内の血糖値を上げておかないと、イザという時にまずいんだろうか。ピーナツも塩、山のようにふりかけられてるし。しょっぱくてポリポリと量を食べることが出来ない。まあ残しても、この気候なら大丈夫か。
などとしていたら21時51分。早く寝るんじゃなかったのか、自分。
ともあれ、今日はもうルームメイトは来そうにないな。実質シングルルーム決定だ。のんびりと心を落ち着けて眠るとしよう。
……ベッドの中で、北極圏に来たことをしみじみと実感する。長い夜。そして雪とともに訪れる静寂。確かにここの観光ベストシーズンは夏なんだろうけど、この時期に来たのは個人的に大正解だと思う。暑い所は暑い時に、寒い所は寒い時にが僕の好みだ。今はまだ真冬ではないけど、十分冬の気配に満ちている。いいぞ、この感じ。寒風吹き荒ぶ最果ての地に、僕は身をさらしたいんだ。
今まで会った旅人の多くに、
「最果てを目指すなら、やっぱ『深夜特急』にもあったポルトガルのロカ岬でしょ」
と散々言われてきたっけ。でも、僕はそこではダメなんだ。そもそも、そんな言葉に流されるくらいなら、こんな旅には出ていない。
でも、かなり近づいたとはいえ、目指すノールカップまではまだ700キロ以上の道のりがある。明日はどうしたものだろう。昼のバスでトロムソに行くか、さらに遠くのアルタに行くか。一気にアルタまで行きたいところだけど、バスターミナルで手に入れた時刻表によると、向こうに着くのが夜の11時らしい。それはさすがに厳しいなあ。トロムソは北極圏最大の町らしいし。悩む……。
ノルウェー
11月3日(日) ナルヴィク → トロムソ
●さらばナルヴィク
なかなか寝付けず、結局寝たのは12時過ぎだった。でも、9時間眠れたからまあいいか。今日は日本では文化の日だな。北欧の文化を心ゆくまで楽しむとしよう。
体調は、ぎりぎりブルーゾーンに入ったかな。鼻が出るのは寒いところに来たから仕方ないにしても、早く風邪を治さないと。
宿の朝食、パンに載せるおかずに、酢サバにそっくりな味のものがあった。もっと濃い味付けだったけど、さすがは海洋国、ノルウェー。
ここの雪はパウダースノーなんだよな。なんというか、カラッとしている感じだ。今日は昨日ほど寒くないような気がする。メインストリートの雪は溶けてるし。けど、日が沈んだらこの溶けた水が凍てることになるよなあ。明日は余計やばいかもしれない。やはりこれはもう、どんどん進むしかない。今日はバスで北極圏最大の町、トロムソまで行く予定だ。
11時に宿を出て、何もなければ15分で行けるバスターミナルまでの道のりに、雪と氷に気をつけつつそろりそろりと歩いて行ったので、30分かかってしまった。バスターミナルに着いたのは11時30分。バスは12時35分発予定だけど、一時間前なのに、バスターミナルそのものに全く人気がない。暖房どころか明かりも点いていない。大丈夫なのか? 場所はここで合ってるよな? チケット売り場さえも開いてないし。僕以外にはこのターミナル内、人っ子一人おらず、ただただ暗く、静まり返っている。
まだ時間があるとはいえ、さすがに不安になってきて、どうしようかと思っていると、11時40分、一台のバスが入ってきた。このバスかなと寄っていって尋ねると、やはりそうだった。トロムソ行きだ。チケットもバスの中で買う形式だそうだ。なるほど、それで売り場も閉まってたのか。ベンツ製の新しくて立派なバスだ。極地仕様なので、当然窓は開かない。
目指すトロムソまでは315キロ。運ちゃんはいかにも北欧人らしい、金髪碧眼でよく太った、気のいいおっちゃんだ。他に誰もおらず、暇なのでおっちゃんと雑談して過ごす。なんでも11月は、一年で一番ツーリストの少ないシーズンだそうだ。彼曰く、
「日は短い、天気も悪い」
かららしい。確かにそうなんだろう。逆に12,1,2月は日本・韓国・台湾辺りから人が大挙して来るそうだ。真冬なのに。
「Why?」
と尋ねると、おっちゃんはにやりと笑って
「ノーザンライト。オーロラさ」
と答えた。ああ、なるほど。
ということは、12月以降になれば、日の昇らない極夜だけど、天気は良くなるのかな? ま、その辺は一切考慮せずに来たから仕方ないし、この時期にはこの時期のよさがあるはずだから別にいいや。今のところ、この気象状況はかなり僕の好みに合っているし。
発車までまだ時間はあるが、おっちゃんが「寒いだろう。乗ってな」と言ってくれたので、ありがたくバスの中で待たせてもらうことにした。運ちゃんとだべったり、ぼんやりしたりしながら待っているうちに、12時を過ぎたあたりから少しずつ乗客が集まりだした。
座席のサイドポケットに入れてある時刻表を見ると、トロムソからアルタまでの便も夜の便しかないようだ。ここから直に向かうと夜10時半に着くのが嫌だったから一旦トロムソに行くことにしたのに、トロムソからでも夜8時40分着の便しかないのか。あんまり変わらないぞ。しまったかも。
しかしこの運ちゃん、本当に人がいい。
「このバスは3時に20分間休憩する。そこでドライバーも交替するから、聞きたいことがあれば今のうちに言っておいてくれ」
この心配りがありがたい。
●フィヨルドの荒野へ
12時35分、定時にバスは発車した。乗車率は30%ほどか。
バスはまず、ナルヴィクの鉄道駅へ。駅にはちょうど、ストックホルムからの列車が到着していた。時刻は12時43分……っておい! 知ってたら、昨日このバスに乗れてたってことじゃないか! ミスった! 情報収集不足だった!
……ま、まあ、このバス会社の名前すら知らなかったし、ストックホルムで探した限りではナルヴィクから先についてはほとんど情報を得られなかったんだし、仕方ないか……。到着時点ではノルウェークローネも用意出来てなかったしなあ。改めて、情報の大切さを痛感。くうー、一日損した。ナルヴィクはナルヴィクで面白かったけど、北欧は居るだけで物価的にピンチなので、早く抜ける必要があるんだよなあ……。
しかしまあ、最大の接続ポイントとはいえ、ターミナルを発車して早々に長時間の停車だな。たっぷり停まって、12時51分、発車。
バスはいよいよ極地方ならでは、フィヨルド地形ならではの地勢の中に分け入っていった。しかしまあ、ここまで荒涼とした土地だったとは。こんなところに人が住んでいるなんて、実際に目にすると余計信じられない気持ちになってくる。
こういう圧倒的な自然の中で暮らしている人を見ると、西洋式の「自然とは戦い、征服するものだ」という考え方も少し納得できなくもない。けど、絶対征服はできないよな、これ。
しかしながら、一旅人としては、実にいい感じだ。これこそまさに、僕が見たいと望んでいた北極圏の姿だ。どんよりと曇った空、雪と岩、少しばかりの針葉樹と大量の裸樹。白と黒の二色のみが視界を埋め尽くす、この荒涼とした冷たい風が吹き荒ぶ光景を見たかったんだ。
ガスが出てきた。……景色が見えなくなるから残念だと思っていたが、これはこれで。目に見えるものの輪郭がぼやけ、また別の味わいが出てきた。もちろん、クリアーに晴れているに越したことはないのだけども。
道、ナルヴィクを出てからずっと凍てたままなんだけど、バスは平均70−80km/hでかっ飛ばしていく。しばしばそれなりの勾配の下りカーブとかが出てくるが、普通に運転している。雪や氷は溶けなければ大丈夫だと言っていたけど、極地仕様の車と熟練した腕、もあるんだろう。バスは海を離れ、山の中を進んでいく。なんでこんな所に、としばしば驚かされるようなところに人家が、集落がぽつり、ぽつりと現れる。それでもここは主要幹線道路沿いだから、この地にはもっともっと奥に入り込んだ、人跡稀な地にある集落とかもあるんだろう。この季節だから余計にそう思うのかもしれないが。
極地とはいえノルウェーという先進国の幹線道路、道幅は太く、舗装もしっかりしている。あいも変わらず80km/hでかっ飛ばしていくバスの車窓から見ていると、ダイハツ、トヨタ、ミノルタなどなど、見慣れた広告看板を目にする。最果ての地でも、日本企業は強いなあ。
14時45分。この辺りまで来ると、ソリに乗っている人を多く見かけるようになった。トナカイや犬に曳かせているのではなく、自力で地面を蹴って進む、一人乗りのソリだ。確かにこの地では一番手軽で現実的な移動手段だ。他の地方の自転車とかスクーターに相当する感じだ。
15時05分、ブクタモ・クロ(Buktamo Kro)にて20分停車。道の駅みたいなところだ。道路の脇に大きくスペースを取って、駐車場とドライブイン、ガソリンスタンドがある。周囲を見ても、この道の駅と道路以外は森しか見えない。
外はもう、薄暗くなってきていている。ナルヴィクからもさらに北に来たし、天気も悪いし、仕方ない。しばらく休憩なので、外に出てトイレに行く。外の雪は表面がバリバリに凍っているが、その下は粉雪のままという、ポットパイみたいな状態だ。面白いなあ。
トイレ、オリエンテーリング経験者でよかった。イラストも色分けもなく、現地語表記のみだったから、知らなければどっちが男か分からなかったろう。Mは男性、Dは女性だ。
●トロムソへ
バスに戻り、運ちゃんも交替し、出発。バスの車内灯が点いた。ヘッドライトの光が前方をはっきりと照らし出した。北極圏+悪天候+この時期だから、もう真夜中のつもりで進まないといけないんだな。これだけ吹雪いていると、オーロラは見れないかもしれないなあ。
このバス、ナルヴィクを出発した時はガラガラだったのに、トロムソに近付くにつれてどんどん混んできた。ほぼ全ての座席が埋まったんじゃないかな。さすがはトロムソ、北極圏最大の町。と思っていたら、アルタへの乗り継ぎになるバスステーションのNordkjosbotnで半分くらいの人が降りた。バスの便数が単純に少ないから混んでいるだけなのかな。
ここから先はトロムソに向けて、フィヨルド湾の一番奥から先端部へと進むだけだが、フィヨルド湾の例に漏れず、ここでもまだかなりの距離を走る必要がある。
さすがに外はもう真っ暗で、外の景色はよく見えない。加えて雨も降ってきた。車内灯も点かなくなっていて、かなり昏い。このあたりの道路を見ていると、制限速度が一般道路でも90km/hとか、人口密度がそうだとはいえ、現実的な数字になっている。
と、闇の彼方に煌く夜景が見えてきた。トロムソだ。町の明かりが頼もしい。えらく高い、丸いアーチを描いた堂々とした橋を渡り、トロムソのある島に入る。トロムソのセンターに17時33分着。
●北極圏最大の町、トロムソ
トロムソは北極圏で最大の町だけあって、普通に都会だ。『地球の歩き方』によれば、人口は58,121人。他の土地の感覚からすれば小さな町かもしれないが、こうやって北極圏の大地を走ってきた身には、大きい町だと実感できる。
もう夜だし、まずはホテル探しだ。とは言ってもこの季節の北極圏にゲストハウスとかユースとかが開業しているはずもなく、一般ホテルに泊まるしかない、のだが。……なんだこの値段。750NOKとか1600NOKとか、冗談じゃない値段のところばかりだ。北極圏を抜ける前にお金が尽きて立ち往生してしまうよ。
凍結しているところに雨が降ったため、滑って上りにくくて仕方のない坂道を上ったり下ったり、大リュックを抱えたバランスの悪い姿で悪戦苦闘しながら夜の町を歩き回る。くそう、氷になっている分、ナルヴィクより歩きにくい。それでも少しでも安い宿を探すべく、片っ端から当たっていく。時間的にはまだまだだが、日が沈んでからだいぶ経っているため、町のたたずまいはすっかり深夜のそれだ。
なんとか決めた宿が、ホテルノルドNORD。一泊540NOK。ストックホルムの590SWKと同じくらいかな。でも、大きさといい綺麗さといい、ランクとしては明らかにこちらが落ちる。高いなあ。ともあれ部屋に落ち着き、テレビをつけたらちょうどムーミンをやっていた。北欧でムーミンを見るってのも、日本人にはある種の贅沢かも。
ホテルでアルタ行きのバスの時刻を聞くと、16時発とのこと。やっぱりそれしかないのかな。アルタ着が23時になってしまうという。それだとトロムソに寄った意味がなくなってしまうんだけどなあ……。自分の目でも時刻表を確認しておきたいので、場所を教えてもらってバスステーションへ向かう。
気分的にはもう夜の10時過ぎだが、実際の時刻はまだ6時半だ。人通りもすっかり絶えてしまっている。……バスステーションもツーリストインフォメーションももう閉まってて、新たな情報を得ることはできなかった。明日は情報収集とともに、ここの銀行で手持ちのスウェーデンクローネを両替しないといけないな。
お腹が空いたので夕食はどこにしようか……バーガーキングがある。本当にここ、北極圏か? 町中をうろついていると、さっきまでの荒涼とした景色が信じられなくなってくる。寒くて雪と氷に覆われてるけど、普通の都市だ。
飲み物を買ってホテルに戻り、ホテル備え付けのパソコンでネットをさせてもらう。ここでも当然日本語環境はなかったが、日本語プログラムのダウンロードとインストールを認めてもらえたので助かった。
明日以降どう動くかは、その時になってみないと分からない。得られた情報と天候などの状況次第で明日動くか、もう一泊するかが決まる。
ノルウェー
11月4日(月) トロムソ
●トロムソ散策
8時半起床。
ホテルの朝食。ビュッフェスタイルにも慣れてきたな。結構おいしいし。外を見ると、案外寒くなさそうだが、天気は悪い。重く雲が垂れ込めていて、トロムソから海峡を挟んですぐ南にあるはずの大きな山さえ見えない。というか、小雨降ってないか? あうー。とにかく外へ。
まずは郵便局へ行ってスウェーデンクローンをノルウェークローンに替える。2,680SKKが約2,900NOKに。うーむ。
それからツーリストインフォメーションへ向かっていたのだが、その途中でふと、何かが視界の端に止まった。何が気になったのかわからなかったが、とりあえずそちらを見てみると、O-MAP(オリエンテーリング用地図)がホテルの窓に貼ってあった。それも、さも当たり前のように。凄い! 北欧が本場だってのは本当だったんだ! その足で地図を貼っていたホテルに飛び込み、レセプションでこの地図を入手できるか尋ねるが、できないとのこと。ここで売ってるわけではないんだ。ならばと近くにあったスポーツ屋に行って尋ねても
「今はシーズンじゃないからねえ」
とのこと。確かに。
O-MAPは非常に気になるけど、まずはここから先のルートを調べないといけない。ツーリストインフォメーションへ行こう。バスターミナルのすぐそばなので、迷うこともないし。
そうしてたどり着いたツーリストインフォメーションは、ガラガラだった。う〜む、確かに今はシーズンじゃないけどさあ。腰を落ち着けての話がしやすくて助かるといえばいえる。
まずは肝心要、ここから先の交通の便について。
やっぱり今の時期、東行きのバスはトロムソ発16時00分が一日に一本あるだけらしい。冬場はそんなに人の行き来がなくなるのか。仕方ないなあ。時刻表には他の便らしきタイムテーブルも載っているが、現地のインフォメーションの人がないと言うのならないのだろう。
ならば、ここからならあるはずだと船の便を訪ねると、夜行でよければホニングスヴォークに行くのがあるらしい。というか、湾岸急行だよな、それって。
値段とか色々考えて、結局バスで東進することにした。アルタ着が23時と深夜なので、アルタのホテル情報を教えてもらう。残念ながら、アルタの地図はなかったので、この情報が役に立つかどうかは謎だけど。
●オリエンティアの血が騒ぐ
次いで気になって仕方なかったO-MAPのことを尋ねるが、やはりシーズン中でないと扱ってないそうだ。日本で真夏にスキーブーツを買おうとするようなものなのかなあ。
念のため、近くにもう一軒あったスポーツ屋に行って尋ねてみたが、やはり扱ってなかった。が、そこの親父さん、僕が露骨にがっかりしていたのを見かねたのか、トロムソオリエンテーリングクラブのオフィスがそばのホテルにあるから、直接行って尋ねてみればいいと教えてくれた。ありがとう!
早速言われたホテルに行って尋ねてみると、すぐ近くのドアを指差して、そこがそうだからベルを鳴らせばいいと教えてもらった。言われるままに鳴らしてみるが、無反応。……あれ? だが、こんなことではここまで燃え上がった情熱は止められん! ノックしたり、何度も鳴らしたり、近所の人に尋ねまくったりして(我ながらはた迷惑なマニアック旅行者だなあ(^^;)、何とか中に入れてもらうことができた。どうやら、鳴らすベルを間違えていたようだ。間違って鳴らしていたベルはどこにも繋がってなかったのが救いではあるけども、申し訳ない。
全くのアポなし、飛び込みでやって来た旅行者、それもカタコトの英語しか話せない者に対して、対応に出てきたトロムソオリエンテーリングクラブのスタッフのおばちゃんは、実に親切に、丁寧に相手をしてくれた。というか今このクラブのには、おばちゃん一人しかいなかったんだけど。
「今はシーズンじゃないのよ。ノーザンライトもまだだしねえ」
などと言いながら、地図を何枚か出してきて見せてくれた。さすがに強豪国ノルウェー、本場の地図は一味違う細かさだ。フィヨルド地形ではこの精度がないと役に立たないからかもしれない。トロムソのクラブの地図だけあってトロムソ近郊が多く、急斜面の地形が描かれた地図が少ないのが、日本人としては羨ましい限りだ。
ここでもやはり地図の販売をしており、始めは一枚20ノルウェークローンだと言っていたのが、あれやこれやと話をしているうちに、気がついたら年四回発行のクラブ誌をタダでもらい(「ノルウェー語だけどいいの?」「いいんです、記念の土産ですから」)、地図も6枚で100NOKでいいことになってしまった。さらにビッグサイズの地図も2枚で60NOK。……ここぞとばかりに財布の紐全開だな……。
おばちゃんも、突然来た興味本位の日本人が、思いのほか夢中になってたからサービスしてくれたのかな。ありがとう、おばちゃん。これだけで、トロムソに来た甲斐は十分にあったよ!
●夜の帳
地図を大量に抱えてホクホク顔で外に出てみると、ガスは晴れていた。南の山がくっきり見えている。が、やはりリフトは今はクローズしているらしい。歩いて登るのはちょっと無茶な状況だし、諦めるしかないか。その後は雨で出歩くこともできず、チェックアウトしたホテルノルドのロビーでネットをしたり、ぼんやりしたり、本を読んだりして時間を潰した。
そして時間が来たのでバスターミナルに移動。時刻はまだ15時を過ぎたところだが、もう外は暗い。というか、完全に夜だ。
●夜闇のフィヨルドを往く
15時40分、アルタ行きのバスに乗り込む。料金は355ノルウェークローン。
やはりこのバスにもツーリストは僕しか乗っていない。果たしてアルタで宿は取れるんだろうか。
さすがは北極圏最大の町トロムソ発の、一日一本のバス。発車時になると、バスはほぼ満席になった。手荷物として持っていたジャンパーとナップサックが重くて嵩張るなあ……。
ともあれ、地図によればここからアルタまではフィヨルド地形に沿ったて走るので、日のあるうちは車窓風景がかなり面白そうだ。
……と思っていたのだが、どうも疲れていたようで、発車してまもなく、そのままうたた寝してしまった。
目が覚めたのは16時50分。バスはフェリーに乗っていた。そう、フェリー。ラップランドのこのあたりは典型的なフィヨルド地形で、幅が太いまま何十キロも海が内陸に入り込んだ湾がいくつもあり、そのまま走ると遠回りになって仕方がないので、要所要所でフェリーが運行している。
仮にこの地方の人口が今の数倍いたとしても、やはりこの湾の規模と出現頻度を考えると、橋ではなくフェリーがベストだろうな。ナルヴィクで買った地図と地形を照合してみると、どうやら今は一回目のフェリーのようだ。渡船料22クローン。バス料金に含めておいて欲しい気もするけど、運営会社が別なんだろう。
フェリーから降りて走り出した時には、少しは人も減っていた。フィヨルド湾にそって夜の海岸をひた走って17時45分、二回目のフェリー。
今度は40分も船旅があるので、全員バスから降りた。僕も降りて、フェリーのサロンでホットドッグの昼……夕食。59NOK。一回目のフェリーと異なり、今度は出発した港も到着した港も結構大きい。外の景色はずっと夜、闇の中だけど、この二つの港は灯りの数が多く、煌々と照らし出されていた。でも、港を出外れると一気に全き闇の中になるのが、いかにもここ、北極圏らしい。
今日は昼間雨だったせいか、そんなに寒くない。ジャンパーなしでも平気だ。
フェリーから見る対岸は、海岸沿いに道路が走っているのだが、そこにずらっと街灯が灯っていて、じつにきれいな眺めだ。その道も、ほとんど車が走っていない。まだそんな深夜ではないはずなんだけどなあ。つくづく夜なのが惜しいけど、こうしてバスとフェリーを乗り継いで北極圏を進んでいると、本当に旅をしているんだとの実感が胸に迫ってくる。ツーリストは僕しかいないんだけど。
なんやかやで18時30分、対岸のオルダーダレンOlderdalen着。
それから先も、バスは雪道をただひたすらにゴリゴリと進んでいく。バスは重量があってグリップ力があるからなのか、ほとんど滑らない。気がつくと、外は雨のようだ。
大きな湾の奥、ストルスレットStorslettでかなり人が降りた。時刻は19時30分。まあそんなもんか。
などと思っていたら、二人、けたたましい女性が乗り込んできた。一人は僕の前の席に座ったかと思ったらいきなり限界いっぱいまでシートをリクライニングさせ、その状態でもう一人の友人と大声で話し、ケタケタ笑い声を張り上げている。全く周囲の迷惑を顧みない、こういう人はどんな国に行ってもいるんだなあ。たまりかねて声をかけたが、完全に二人の世界に入っていて聞く耳を持たなかった。
仕方なく、そこから離れた後部の空いている席に避難することにした。もう席はかなり空いてきていたので助かった。他の乗客も、数人が僕と同じように後ろの席に逃げていた。元から後ろにいた人はこっちに
「災難だね」
と苦笑を浮かべてよこしてきた。地元の人もこうするってことは、いつものことなんだろうか。
21時の休憩の後、運ちゃんが僕のところにやって来た。やはり時期はずれな時に一人だけ乗っている、異質な東洋人ツーリストは気になるようだ。
「アルタのホテルは決まってるのかい?」
「いや、決まってないんですよ」
「なんなら、バスステーションに着く前に、センターで停まってやろうか。アルタの町は知らないんだろ?」
「ありがとうございます、助かります」
……で、なんでせっかく逃げたのに、うるさい二人連れも後ろに動いてきますか?
●アルタ到着
22時過ぎ、予定より早くアルタに到着した。運転手さんのお勧めに従って、バスステーションに着く前に、センターだというところで降ろしてもらう。
ここでは今日は雨は降らなかったようで、地面にはきれいなパウダースノーが降り積もっている。しかも、地面がけっこう平らで歩きやすい。建物も程よくばらけていて、なんかさわやかな開放感があっていい感じだ。そんなに人家は多くないのに街灯はいっぱい灯っていて明るいし。なんだか開放的な雰囲気の町だなあ。
さて、何はともあれホテルを探さないといけない。
とりあえず降ろしてもらったところから一番近かったリカホテルに行ってみる。スウェーデンのストックホルムでも泊まったし、大手のホテルチェーンなんだろうな。……え? シングル一泊1,194NOK? いくらなんでもそれは無茶です勘弁してください無理ですごめんなさい。
アルタは小さな町で、そう何軒もホテルはないのだが……次に訪れたパークホテルというところで町の地図を見つけ、貰う。
それを頼りにホテル探し再開。少し離れたところにsummer hotellが……名前の通りに夏しかやってないってことはなさそうだけど、どんなに探してもレセプションが見つからない……。
仕方ない、リカホテル並みに立派できれいだから高そうだけど、さっきのパークホテルって所に行ってみるか。一泊795NOK。
やっぱり高いな……どうしようかな……。え? オフシーズンだからサービスで595NOKでいい? 約一万円かぁ……。仕方ないかぁ。もう遅いし、お願いします。……え、朝食だけじゃなく夕食までついて、ネットも無料でしていい? それならこの物価の高い北欧でこのグレードなら、決して高くないよ、OK!(ただし、ネットは日本語入力不可だったけど)
時刻はもう日付が変わるところだったけど、夕食を出してもらい、ネットをする。ホスピタリティの高さに感謝。
ただ、ここまで何人もと話して来てはっきり分かったけど、ノルウェー人の英語って、すごく早口で、さすがにフランス人の英語とは比べるまでもないけど、ちょっと難しい。こっちが英語が苦手だって思われてないだけなのかもしれないけど。ここから先、ノールカップ方面に向かうバスの時刻を訪ねたら教えてくれたんだけど、よく分からない。まあいいや、これはもう明日考えよう。せっかくアルタに来たんだから、いくら時期外れでも世界遺産のアルタ屋外ミュージアムには行っておきたいし。
とかなんとかしていたら、もう午前二時だ。ともかく寝よう。この部屋もディスカウントしてもらったとはいえ、狭いけどいい部屋だよなあ。角部屋で、柱や何やがあって単純な長方形じゃないけど、そんなのはどうでもいいことだし。いやあ、運が良かった。
ノルウェー
11月5日(火) アルタ
●アルタの朝
9時半起床。朝食。
アルタって、静かでいいところだなあ。朝食もバラエティー豊かだったし。気に入ったので、思い切ってもう一泊することにして、昼までゆっくり。
昼過ぎに動き出す。まずツーリストインフォメーションに出向き、この旅最大の目的地ノールカップへの拠点、ホニングスヴォーク行きのバスの便を聞く。困ったことに、これも一日一本しかなく、それがまたしても夕方着らしい。まあ、アルタ着のような深夜でないだけマシと思わないといけないか。
ともあれ、ここから先の目処がついたので、循環バスでここ最大の呼び物、世界遺産の岩絵を展示しているというアルタ博物館に向かう。21NOK。この旅の間、ずっとその国の物価に慣れるのはいいことだと思っていたけど、日本より高い国の物価に慣れるとヤバいな。
●アルタミュージアム・館内展示
アルタ博物館は日本語のパンフレットもあって、すごくサービスがいい。
入館料は35Kr。No.07728。夏に来ればこれの倍からするようだ。博物館でオンシーズンとオフシーズンを分けてるのって、ちょっと珍しいかも。
館内の展示も時代やテーマが絞ってあって、分かりやすい。また、毛皮や材木や特産の粘板岩などを実際に手に触れてみられるようになっているのも興味深い。それも、ちょっとだけ触れるというのではなく、当時を再現した展示物そのものを触れるようにしているんだから凄い。
ミニチュアもしっかりしてるし、さすがはヨーロッパの博物館賞を受賞したことがあるだけはある。力の入った博物館だ。映像コーナーでオーロラのビデオが流れていたので、思わず欲しくなってしまった。
一時間以上かけてじっくり展示を見て回ったけど、その間の入館者は僕一人。一人占めだ。さすがはオフシーズン。
●アルタミュージアム・屋外展示の世界遺産
それからいよいよ、ユネスコの世界遺産でもある岩絵の実物を見に、外の遊歩道へと。
……そりゃそうか。
外は盛大に霜柱が立っているような寒さなうえに雪なんだから、屋外の岩の上にも当然降り積もってるよなぁ。
6000年前の人々が岩に刻み込んだ絵、雪に覆われてほとんど見えないや……。遊歩道の上からでは岩までほとんど手が届かないし。まあ、雪の隙間からちらちらとは見えたし、全体像は先に館内の展示で見ているけども。だから安かったのか、納得。
パンフレットによると、大きな岩の平面にびっしりと描かれているようで、目の前にあるのに見れないというのはとても残念だ。仕方ない。それにしても6000年か……。よくもこんな厳しい気候条件の中で残っていたものだ。
雪がなければこんな感じだというのは買った絵葉書の写真で見ただけだったが、こういうのもまたアリだ。
●アルタの海
アルタミュージアムは、町外れの海沿いに建っていて、岩絵はミュージアムからさらに海側に広がっているので、顔を上げるとアルタ湾の素晴らしい景色が広がっている。
フィヨルド地形ならではの入り組んだ海岸線に、陸地の黒と白のコントラストが映える。ホテルで貰ったアルタ周辺の地形図と照合するが、フィヨルド特有の複雑に入り組んだ海岸線が、景色の味わいをいっそう深いものにしているのが分かる。
13時半なのに、もう夕焼けになってしまっている。さすがは北極の冬。おかげで夕方独特の風合いをもった景色を堪能できた。依然として客は僕一人。この景色をひとりじめだ。
画質粗いですが、パノラマ動画もどうぞ。
今日も寒さはそんなでもない。まだ下にパッチは履いてないし、最強装備のセーターもルーマニアで一回着てからこっち、使ってないし。これはもう、ノールカップまでは大体こんな感じなんだろうか。でも、もしそうだとしても、その後に行く予定のカラショクとイナリは内陸部だから寒そうだなあ。
現在見れる分はあらかた見終えたし、我慢できなくなってショップコーナーで買い物もいくつかした(サーミ音楽CDを二枚。一枚100Kr。新譜が一枚200Krする国でこの値段だから、古めかな?)ので、15時10分のバスでセンターに戻る。こんな時間だけど、周囲はもうすっかり夜の帳が下りている。完全に夜だ。
晴れてたらオーロラ観測をするところだけど、北極圏に入ってからこっち、ただの一日も晴れた日はない。
●アルタの夜
日本語環境が欲しいので、ネット屋を求めてさまよい歩く。骨が折れたけど、なんとかプールバーの一角に発見した。
ここでも当然日本語環境はなかったけど、日本語プログラムを落として入れていいと言ってくれたので。好意に甘えさせてもらうことにした。その日本語環境プログラムがWin2000用だと55MBもあり、ダウンロードにかなり時間がかかってしまったけど。
仕方ないのでダウンロードが終わるのをぼんやりと待っていたら、店のマスターが
「暇だろ。卓球しようぜ」
と誘ってきた。なぜ卓球?
「スポーツでいい汗かこうぜ。一度アジア人と勝負してみたかったんだ」
と。卓球は遊びでしかやったことはないけど、もちろん断る理由なんてない。
いや、楽しませてもらいました。こんな時期に一人でぶらぶらしているアジア人が珍しいのか、数人の客はギャラリーと化してプレーごとにはやし立ててくるし。こんな夜もありだな。
結局、日本語環境はうまくインストールできなかったけど。
たっぷり楽しんだことだし、今日はネットは諦めて外へ出る。
しかしまあ、このへんの雪って、見事なまでにさらさらのパウダースノーだな。ノルディックスキーの練習か、ストックを持ってちゃっちゃか歩いている人も結構いる。ただ、天気が荒れてなくても晴れてはおらず、オーロラは端から期待できないのがちと寂しい。そういう時期に来たんだから仕方ないんだけど。
夕食は、パークホテルのミールサービスで済ませる。無料だし、バイキング形式でおかわり自由だし。けど、食堂には僕しかいないのがちと寂しい。ここに泊まるような人は外で食べるのかな?
ここパークホテルでは、今夜はチェス大会を開いていた。チェスだから馬鹿騒ぎしないのはいいんだけど、夜の11時を過ぎてもまだまだ会場は熱気に溢れている。ええと、今日も明日も普通の平日だよなあ?
それはともかく、明日はいよいよノールカップのお膝元、ホニングスヴォークに向かう。いよいよ近付いてきたぞ。
部屋で休みながら、明日に備えて情報を確認していたら、ミスに気付いた。今日旅行代理店で貰ったホニングスヴォーク行きのバスの時刻表、夏用だ。ノールカップに日をまたいで停車するトロムソからの往復バスなんて、絶対ミッドナイトサンの時期用だ。今の時期にはありえない。現行のダイヤ、FFRで聞くのを忘れてたなあ。明日、郵便局を探すついでに行って尋ねるしかないな。
ノルウェー
11月6日(水) アルタ →(スカイディ)→(オルダーフュヨルド)→ ホニングスヴォーク
●起床
9時半起床。外は暗い。今日は雲が厚いのかな。
朝食を摂りに部屋から出ようとすると、ドアの隙間にノートが差し込んであった。何かなと思って見てみると、僕の日記帳じゃないか! 昨夜ネットをした時に置き忘れていたみたいだ。すいません、ありがとう。こうやってHP上に長々と旅日記を書けているのも、このホテルマンの兄ちゃんのおかげです。
●小包発送
さて、今日はまず、リュックに入りきらなくなっていた新聞やなんかを日本に送ってしまおう。いい加減重いし。
郵便局を訪ねていって、さあ送ろうと量ってみると、重量は3.9kg! ……今まで日本に送ったのは2kgくらいだったのに、今回は倍ですか……。大リュックが40リットルものから100リットルものに増えた分、貯めこんだ量も増えたということか……。
郵便局で相談し、荷物のほとんどが新聞やパンフレット、地図などなのでドキュメント扱いにしてもらったが、それでも400クローナ(ノルウェーではこう言うらしい。クローンのスウェーデンとの差別化かな)かかった。400って! 6〜7,000円! ただでさえ、北欧に入ってからお金が見る見るうちに激減していって青息吐息なのに……! 一緒に送ったエアメールの絵葉書は一枚10クローナだというのに。やはり高い。仕方ないんだけど、きつい。でももういい加減限界で、ここで日本に送ってしまうしかないところまで来てたしなあ。ちなみに小包袋は19kr。箱だとさらに高いのでこっちに。
ともあれこれで、財布とともに身も軽くなった。
●バス情報収集
次いで、ここから先へ、いよいよノールカップのお膝元へと行くための時間を見に、FFRに行く。
係の人とかがいないので、自分で掲示してあるものを見るしかないんだが、いろいろあってどれが最新の、今の時期のダイヤなのか分からない。多分これかな、というものによると、Alta14:20-Honings〜18:15らしい。都市間距離は208Km。……よく見ると、Alta06:45-Honings〜10:40てのもあるようだ。まあ、今の季節だとどっちを選んでも、景色は闇の中だろうけど。
ん? 今気付いたが、それぞれの上に「135」「1357」と書いてある。ここまで何度かノルウェーの、FFRのバスに乗ってきてこうではないかと考えてみると、「135」は「月水金」かな。「1357」は「月水金日」。
だとすると、今日は水曜日だから……昨日はたまたま延泊したけど、どのみち乗れる便がなかったのか? さらに、朝の便に乗りたければAltaにあと二泊しないといけないと? うわ、危ない危ない! たまたまだけど、実にいいタイミングで動けていたようだ。しっかりせねば。
●アルタをそぞろ歩き
ホテルに戻って(チェックアウトは12時)一息。
とかしているうちに、雨だったのが晴れ間が見えてきた。本当、はっきりしない天気が続くなあ。もう今日のこれに乗るしかないというバスの時刻、14時20分まではまだ少し時間があるので、町をうろつく。暑いのでジャンパーを脱いで出かけたのだが、さすがに歩いていると寒くなってきた。着ているセーターも、薄い方だしなあ。
本屋に行って、この地域のロンリープラネットかレッツゴーでも読もうかと思ったが、そもそもそんなものは置いてなかった。
銀行に行って、ノルウェークローナのレートでも確認しようかと思ったが、表示されていない。まあ確かにアルタの町は外国とは直接繋がってないし、そういう立地の小さな町に両替屋がないのは、自国通貨が強い先進国で、近くに流入してくる途上国がない証ではあるんだけど。
図書館の前まで来たが、そこまでの時間はないので入らず、そこらを適当にぶらついてパークホテルに戻って時間を待つ。
●バスに乗るのにまず一苦労
13時50分にバス乗り場に移動。
他にバス待ちをしているのは、おばあちゃんが一人。ノルウェー語で話しかけてきたけど、申し訳ないけどさっぱりなんですよ……。(北欧では英語が極めて通じるとは言っても、年配の方には必ずしもそうではない。)でも、状況から見当をつけて
「ホニングスヴォーク」(ちなみに、「ホ」にアクセントをつけるらしい。おばあちゃんはそう言っていた。)
というと、時計を指差して
「午後2時20分発よ」
と教えてくれた。ありがとう。僕の見た時刻表で間違いなさそうだ。
それはいいんだが、バスが来ない。14時05分に同時刻発のハンメルフェスト行きは来たんだけど、目指すノールカップのお膝元、ホニングスヴォーク行きのバスは14時15分になっても来ない。……ここ始発のバスで合ってるよな?
と、何やらハンメルフェスト行きのバスの運ちゃんと話をしていたさっきのおばあちゃんが、こっちを向いてハンメルフェスト行きのバスを指差し、うなずいてみせた。
え? ……同時刻発じゃなくて、兼用かあ!
運ちゃんに尋ねてみるとまさにその通りで、ホニングスヴォークに行くにはまずこのバスに乗り、途中で乗換えをしないといけないようだ。しかもスカイディSkaidiとオルダーフュヨルドOlderfjordの二回。うわあ、このおばあちゃんがいなかったら気付かずにやり過ごして、ここでまた二日悶々としてたかもしれないんだ!
ありがとう、おばあちゃん!
そうか、ホニングスヴォークは遠いし、やはり観光客用の場所だから、この時期には多少不便になるってわけか。いいぞ。いかにも最果ての地に行くって感じで気分が盛り上がってきた。ということにしておこう。それにしても危なかった。
●ホニングスヴォークを目指して
定刻の14時20分、曇り空ということもあり、外はもう相当に薄暗い。街灯も既に点灯している。嫌が応にも「地球」というものを実感する。その意味でも極地方っていいなあ。
走り出したバスは、少し行ってまずはアルタ空港に立ち寄る。この辺りはラップランドの最奥の、極地かつ交通の便の良くないところだから、ほとんどのやや大きな町に、こまめに空港がある。このアルタどころか、もっと小さい町にも地図を見ると空港マークが載っているもんなあ。
それにしてもさすが北欧というか、こっちのバスはバリアフリーが徹底している。停車時にバスの前部が自然に沈み込み、乗り降りのステップの段差がえらく楽になる。日本でもこのシステムは見た事がない。これはいいや。
冬なので海の臭いがせず、深い湾の奥だから波も穏やかなので、フィヨルドを見ていると、ともすれば川か湖に見えてしまう。ちなみにホニングスヴォークまで一気にチケットを買って、32クローナ。
バスの中は防寒が完璧で暖かく、ついウトウトと。うん、僕だけじゃなくて乗客みんなそうなっている。
15時30分、外はもう暗いが降りしきる雪の白さでまだ外が見えることは見える。人家も、道路を行き交う他の車もない、荒涼とした地をバスは進んでいく。
15時44分、外は雨が降ってきた。……やっぱりオーロラは無理か……。
16時00分、第一の乗り換え地、スカイディ到着。
運ちゃんに「ここで待っていれば来るから」と言われてバス停以外何もないような荒野の只中で待っていると、5分ほどして今しがたバスが去って行ったハンメルフェスト方面からバスがやって来た。ハンメルフェスト発カラショク行き。このバスで半島を20分ほどかけて横切り、16時30分、第二の乗り換え地、オルダーフュヨルド着。そういやこのバスでは、乗換えだと言って乗って降りただけで、チケット見せなかったなあ。まあいいか。
スカイディは本当にただの分岐場所という感じで、人家も少なかったが、ここオルダーフュヨルドではバスが四台停まっている。町も少し大きい気がする。ハンメルフェスト、カラショク、ホニングスヴォーク、S……なんとか行き。ここは重要なジャンクションの地らしい。時間潰し用か、バーみたいな飲食店もあるし。せっかくなので、時間までそこで軽食を摂りながら過ごす。もう真っ暗だし、他には時間を潰せる場所もないし。
ホニングスヴォーク行きのバスは16時40分に発車した。
乗車率はそれなり。4割といったところか。雪は降っていないが、冷え込みが段々きつくなってきている。さあ、いよいよこの旅の一大目的地、ノールカップへの拠点、ホニングスヴォークだ。ここで、チケットチェック。レシートみたいなぺなぺなのやつだけど。
このバスって、新聞の配達も兼ねてるんだな。この地の流通量が窺い知れる。ここではバスが流通の核、生命線なんだ。
そんなこんなでバスはフィヨルドの西側、半島の東岸をがりがりとホニングスヴォーク目指して北上していく。
途中、17時頃にSkarvbergトンネルという長いトンネルに入った。
この7キロ弱のトンネルのおかげで、今はホニングスヴォークやノールカップのあるマーゲロイ島は本土と陸続きになっている。海底トンネルと言ってもそんな特別なトンネルという感じもない。というか長さの割にはそんなに太くなく、内壁もけっこうボコボコで、大丈夫なんかいなという印象。
バスはノンストップでトンネルを抜け、マーゲロイ島に入った。
地上に出てからは、崖にへばりつくような道を進んでいく。この道からして、以前は船に頼らざるを得ない陸の孤島だったというのがよく分かる。今はさぞ便利になったんだろうなあ。その崖がまた、道のすぐ横に堂々と切り立っている。ノルウェーだからそんなことはないんだろうけど、素人目には護岸処理がしてあるのかどうかもよく分からない。大丈夫なんだろうな。バスの灯り程度ではどれくらいの高さがあるのか見えないが、すごい迫力と圧迫感だ。
17時12分、雪がまた降ってきた。海沿いの道なので、けっこう際を走っているはずなんだが、ガードレールがあるところばかりではない。ここではバスもさすがにそんなにかっ飛ばしてない。そういえば北欧では、こんな路面状態なのにチェーンを巻いて走ってる車を見かけないな。禁止されてるのかなんなのか、みんなスパイクタイヤかスタッドレスタイヤだ。ちなみにこのバスはスパイクタイヤ。
島に来ると、急に土地が平らになった気がする。やがて行く手に、決して大きくはないものの、この最果ての地に確かに人が暮らす息吹、まとまった人家の灯りが見えてきたのでほっとした。ホニングスヴォークだ。
他の乗客たちは町中にいくつもある停留所で続々と降りていくが、僕は何がなんだか分からないので、とにかく終点まで乗ってやろうと思って乗り続けていた。ら、なんか小さな町中をぐるりと巡って戻ってきてしまった。バスは普通の道端に停車して、運ちゃんに
「ここでフィニッシュだ」
と言わた。バスターミナルとかがあるわけじゃないのか。
●ホニングスヴォークの夜
このままでは何も分からないので、運ちゃんに
「ここはどの辺りです? 近くにいいホテルないですかね?」
と尋ねると、港の対岸を差して
「リカ・ブリゲン・ホテルがあっちにある」
と教えてくれた。まあこの程度の港の向こうまでなら、歩いていくのもさして苦ではないけど……RICA?
ホテルを予約もせずに一人でほろほろとやって来た旅人相手だから、そんな無茶なホテルは教えてないと思うけど……リカ?
高いイメージがあるんですが……。
ともあれ運ちゃんにお礼を言ってバスを降り、そちらへ向かって歩きだす。改めて『地球の歩き方』を見てみると、この町の宿は、リカホテルしか載ってない。ユースは夏季限定営業だし。行ってみるしかない。
路面の雪は溶けてないが、その下が道路ではなく分厚い氷だ。うひょお、滑る滑る。悪戦苦闘しつつ、どうにかリカホテルにたどり着くと、高層建築ではないものの、宿泊棟が何棟もあるホテルだった。そのどれもが立派で、いかにも高級そうだけど、まあいいや。尋ねてみよう。
すいませーん。ここって一泊いくらくらいします? 730クローナ?
……ううう、微妙に無理な値段だ……。オフシーズン価格で安いのは分かるけど、僕が出せる額を超えているよ……。
受付のお姉ちゃんといろいろ話し、しばらく悩んだ後、やっぱりこれはまだ決められない、時間はあるからもっと他のホテルも当たってみようと
「また来ます」
と言って出て行こうとしたら、レセプションのお姉ちゃんが呼びとめ、
「なら600でいいわよ」
と言ってくれた。600? パークホテルとほとんど同じ額か。600なら、この時期のこの国ならOKしないといけないよな。約一万円……。よし、泊まります!
案内された305号室は、またえらく立派な部屋で……。
部屋に備え付けのバスルームにサウナ室が併設されてるよ! サーメ人仕様だなあ。というか、ディスカウントさせておいてなんだけど、このグレードの部屋に600クローナで泊まれてしまっていいのか?
ともかく、外はとっくに夜だが、時間はあるので町歩きに出てみる。大きくない町だし、人気も少ないが、なんというか空気に安心感がある。いい町だ。
なるほど、ツーリストインフォメーションはフェリー発着場の目の前か。ノールカップトンネルができる前、つい最近まではここがホニングスヴォークの玄関口だったんだもんなあ。とにかく明日の昼間にここに来て、ノールカップに関する情報を色々と仕入れないといけないな。
歩いているうちにRIMI1000(卸のスーパー? これまでも重宝している)を見つけたので入り、食料品を買い込む。水が1.5リットルで4.9クローナ! こういうのが欲しかったんだ。スーパーの前に自転車やスクーターではなく、自家用ソリが並んでいる辺りが土地柄だなあ。
特にぴんと来たレストランは見当たらなかったので、RICAホテルのレストランに行き、一番安くてお腹が膨れそうなカルボナーラスパゲティを食べる。165クローナ。ううう、高いなあ。
それと、こっちの人はなぜ、水だけじゃなくて清涼飲料水までミネラルウォーターと呼ぶんだろう。ややこしくないのかな? 北欧はドイツと違い、日本とかと同じく一階が地上の階を指すし。いろいろだなあ。
ノルウェー
11月7日(木) ホニングスヴォーク → ノールカップ → ホニングスヴォーク
●その日の朝
9時起床。6時半に起きるつもりだったのに、結局いつもと同じ時間に起きてしまった。昨夜は11時には寝たのになあ。
まあ、6時半頃から何度か目は覚めていたんだけど、起き上がることができなかったんだし仕方がない。別にその時間に起きて何をする予定があったわけでもないし。
外は、7時頃は吹雪いていたけど、今はもうクリアーになっている。とは言っても朝の9時なのに、まだ早朝もいいとこの暗さだけど。
さあ、今日はいよいよ行けるかな、ノールカップに。今回の旅の最大の目的地に。
ここに来るために、インドのバラナシも、パキスタンのフンザも、トルコのカッパドキアも飛ばして来た。
ここに来るために、資金を考えて旅の期間も短くした。それだけ、どうしても来たかった地。
白夜が見たかったわけではない。オーロラが見たかったわけでもない。ただただ、地の果て、最果ての地を見たかった。
寒風吹き荒ぶ最果ての地に自分の身一つをさらして立ちたかった。
そうすれば、自分の中の何かが変わる、あるいは何かが見つかるような気がしていた。ここまでの7ヶ月強の旅で色々な経験をしてきたが、それらとはまた別の次元の経験が出来るのではないかという期待があった。
ともかくまずは腹ごしらえだ。ホテルのバイキング形式の朝食を食べに行く。
いやあ、おいしかった。パンはサクサクで、ブルーチーズもいい味具合だ。パンの付け合せに色々な魚のマリネがあるなあと思って食べていたら、その中のひとつに、鯨肉があった。当たり前のように置いてあって、何の説明もなかったけど、分かる者には分かる味だ。そういやノルウェーはIWFを脱退した捕鯨国だったっけ。これだと、知らずに反捕鯨の旅人も食べてそうだなあ。
●最果てへの手段
さて。
ここからノールカップまでは目と鼻の先だ。あと、わずか30Km。ついにここまで来たんだなあ。実に久しぶりに、胸がドキドキしてきた。とは言ってもこの時期だ、一筋縄ではいかない可能性も低くない。まずは交通手段とノールカップの情報を求めてツーリストインフォメーションへ向かう。
泊まっているRICAホテルからだと、ホニングスヴォークの町のほぼ端と端になるが、歩いて15分くらいだったので大したことはない。北極圏ならではの眺めのホニングスヴォークの町を歩いていく。
インフォメーションで、ノールカップに行くバスは、今日の12時発のものがあると教えられた。料金は往復で500クローナ。えらく高いなと思って尋ねてみると、どうもガイド付の観光バスらしい。この時期にそんなバスが運行できるほど観光客がいるのだろうか。ストックホルムを出てからこっち、自分以外のツーリストにはただの一人も会っていないのに。
そう思って尋ねてみると、納得。今日出るのは、沿岸急行船の旅程とリンクしているバスらしい。なるほど。この極地ではタクシーもないだろうしなあ。スノーモービルならあるかもしれないが、そんな簡単に都合がつくものでもないだろうし。チャーター料金は高いだろうし。できたら比較して決めたいところだけど、そのあたりを調べる時間はあるかな。
「12時のバスに乗らないとしたら、その次のバスはいつになります?」
「Maybe,Sunday」
……三日後か。しかもメイビー。オフシーズンに一人で勝手に動いている身としては、今日のバスがすごくタイミングがいいのは間違いないようだ。高いけど、この幸運を逃すわけにはいかない。これに決めよう。
「そのバスに乗ります」
バスチケットの手配を頼み、ついでにネット屋やスカルスヴォーグの情報を聞いてから一度ホテルに戻ることにした。最北の地に向かうわけだし、半端な装備では駄目だろうから、完全武装をして来よう。と、外へ出る時にツーリストインフォメーションのおばちゃんが声をかけてきた。
「船が遅れているから、バスが出るのは一時になりそうよ」
了解。となると、ここから30キロとはいえ、無人の野を行くのに片道一時間かかるらしいので、向こうに着くのは二時頃ということになる。夕方遅く、日没近くになってしまうな。大丈夫かな。
●ノールカップ博物館
まあ心配してもどうにもならないので、一度ホテルに戻った後、時間潰しにとツーリストインフォメーションのそばにあったノールカップ博物館へ足を向ける。入館料は25クローナ。
ちょうど、小学生の社会科見学の一団が入館していた。うん、博物館の正しい使い方だ。この子供達、さすがというか、この地では珍しいはずの東洋人の僕がいても、関係なく真面目に見学している。
漁業基地として誕生したホニングスヴォークの町、島に飛行場ができた、トンネルが開通して本土と地続きになった。漁村の様子、ノールカップ開発史、昔の(戦争で破壊される前の)町の写真。等々、この地に根を下ろした博物館だということが強く伝わってくる博物館だった。
と、見学を終えて出てきた時、日本から持ってきて、ずっと使っていた『おーいお茶』のペットボトルがなくなっていることに気付いた。むう、ここまで来たら日本に持って帰りたかった、せめてノールカップまでは一緒に行きたかったんだけど……。仕方ない、昨日買ったマック・ウル(水)のボトルを二代目にしよう。ノルウェーのペットボトルって、マックのをはじめとして、えらく固くて厚くて頑丈だし。多分かなりの高確率でリサイクルしてるんだろうなと感じるけど、一本、使わせてもらおう。
●いよいよ
それはともかく、なんか天気が少し晴れてきたような気がする。これはいい感じかも。二時過ぎまでは一応明るさは残ってるんだし。でも、ホテルの部屋でテレビを見ようとしても、まともに映らなかったような天候だしなあ。どうなんだろう。
バスが出ると言われた時刻の20分ほど前に集合場所に行って待っていると、赤い服のおばちゃんがやって来た。ノールカップへ行くバスのガイドさんだそうだ。ガイドさんと英語で雑談をしているうちに、沿岸急行船も入港してきた。……長期間クルーズする船だから予想はしてたけど、大きいなあ……。
そして、バスもやって来た。FFRのいいバスだ。先に乗って待っていると、ツアー(このノールカップ行き、沿岸急行船のアクティビティーの一つのようだ)の人が続々とやって来た。20数人、か。ガイドのおばちゃん曰く、
「ガイドはノルウェー語でやるから」
とのことなので、地元の人しかいないようだった。僕は問題ない。どうせ英語でガイドされても完全に分かるわけじゃないし、ノルウェー語と英語は似てる部分もあるから多分、15%くらいは分かるだろうし、平気。というか、僕にとってガイドはプラスアルファで、あくまでもノールカップに行くことそのものが目的なんだし。
●出発
一時過ぎ、バスは発車した。
いよいよだ。初めて来た地、今の気象しか知らないけど、北すぎて植生限界をとうに越えてるんだろう。行く手に広がる景色は、ごつごつした岩からなる山と、なだらかな、ただひたすらになだらかな平原、それだけだ。そしてそれらが全て、真っ白なバージンスノーに覆われている。樹木はたまに灌木らしきものがちらほらと見えるだけ。高い木など、ただの一本もない。高山地方と同じようなものだろうが、斜面でなく平らなのが何より特徴的だ。
バスはまず海岸線を走り、やがて山の中に分け入って行く。
はじめのうちはこんな所にもぽつりぽつりと建つ、漁師の家に感心したりしていたが、奥に入っていくにつれ、そんな家の姿も消えた。まさに荒涼とした平地だ。雪に覆い尽くされているのが茫漠たる印象を深める。
雲はどんよりと重く垂れ込め、やがて吹雪いてきた。雪がフロントガラスにバラバラと音を立てて当たる。雹になりかけの雪だ。
道幅の端を示すポール以外、何も見えない白一色の世界に突入した。なんて所を進んでいるんだ。
やっと視界が晴れたと思ったら、道が雪で塞がれ、進めなくなっていた。どうするんだと思っていたら、除雪車がやって来たのでバスはその後ろをついて行く。人家も何もないところなんだし、もしかしてこの除雪車、このバスのためだけに出張って来たのかな? ともあれ助かった。そして、さすがは除雪車、すごいスピードだ。
と、北の空に少しだけ晴れ間が見えた。そう、北の空だ。なのに、その周囲の雲が赤く染まっている。なんだ、この景色は。太陽がいかに低い位置にあるかってことではあるが。そんな理屈ではなく、目の前の景色にただただ心を奪われる。
山道をくねりながら進んでいたのが、なんだか高原っぽい平らな土地になった。そしてその高原をしばらく進んでいくと……到着した。ノールカップだ。
●到着
まだ14時前なのに、もう夜の闇が迫ってきている。こんな天候、こんな状態。当然、このバスの他に客はいない。このバスに合わせ、観光施設のノールカップホールも今だけ開けてくれている。貸切というわけだ。
ノールカップホールを抜け、他の乗客とともにノールカップの先端へ向かう。
有名な地球儀のモニュメントも、ちゃんとある。
……来た。ついに、辿り着いた。
この旅の究極の目的地、ノールカップ。
切り立った崖の上、300メートルの断崖絶壁の上から、北の海を眺める。見渡す限り、昏い海が広がっている。そうか、ここがヨーロッパが尽きる所、最果ての果てか。
左手を見やると、真のヨーロッパの最北端、クニブシェロデン岬が昏い海に突き出しているのが見える。
一応歩道はあるそうだが、どう見てもこの季節に一般人が行ける所ではない。フル装備で準備を整えてでもいない限り。だから、ここからそこが見れた、それだけで満足しないといけないだろう。クニブシェロデン岬はノールカップと違い、頭端部は切り立っていない。半島の先がなだらかに海に落ち込んでいる感じだ。
せっかくなので、風景を動画にも収める(wmv形式)。
●ノールカップホール
と、一緒に地の果ての先の海を眺めていた人達がノールカップホールの中に戻っていく。そうか、もう14時になるのか。バスを降りる時にガイドのおばちゃんが、その時間になったらホールでビデオを上映するから戻ってくるようにと言っていたな。ツアーに便乗している身なので、合わせてホールに向かう。10分もいられなかったので全然物足りないけど、後でまた見に来る時間、あるかな。
一番最後から戻ってきた僕を、ガイドのおばちゃんが急かしてシアターホールに引っ張っていく。当然、ここも貸切だ。5面のパノラマスクリーンでノールカップの四季を写したビデオが上映された。
ノールカップの四季の映像が映し出されるが、季節によってここまで違う顔を見せるのは、本当に凄い。なるほど、夏はこんな感じなのか。なんか軍の飛行機がクローズアップされる場面が二、三度あったけど、そういう契約で軍の協力を得たんだろうな。その甲斐あって、かなり凄い迫力の空撮画面が撮れていた。スクリーンの形状もここ独特のもので、視界いっぱいに映像が飛び込んでくるし。このビデオも500クローナの料金に入っているのか。なかなか感動的なビデオだった。
夏のノールカップは知らないけど、ビデオや絵葉書で、大体どんなものかはイメージできた。これに白夜も加わるんだから、観光客が多く訪れるのも納得できる。
20分ほどで上映は終了し、今度はノールカップの地中に作られた長い地下道を北へ歩いていく。
この時期だから、さすがに地下道の先端部、断崖の中ほどから海を見やることのできるキングスビューは開いていなかったが、ガイドのおばちゃんに導かれるまま進んでいく。
地下道の途中に作られた、ヨーロッパ最北端のチャペルは開いていた。青いライトに照らし出されたチャペルは幻想的だった。
そして、ノールカップをジオラマ再現しているミュージアム。ノルウェー語はもちろん読めないが、なんでここにタイの船の写真があるんだろう。
●最果ての果てに、一人
この後、バスが出るまでの45分は自由行動だ。ほとんどの人はノールカップホールの建物の中でくつろいでいたが、もちろん僕は再度地上に出て、ノールカップの先端部へ。
かなり薄暗くなっているが、まだまだあたりは十分に見える。なんというか、夕暮れの薄暗さとはまた、違う。この地独特の薄昏さ、なんだろう。夜が近いというよりは、光が弱く、闇が近いといった方がいいのか。
さっきは雪が白く光っていたクニブシェロデン岬も、今は闇に白く浮かび上がるようにしか見えない。
これまで自分の記念写真は基本的に撮らなかったが、ここだけは別だ。既に岬にいるのは僕一人だけになっていたので、セルフタイマー機能を使って撮影する。フラッシュを焚いたらせっかくのこの雰囲気がぶち壊しなので、暗いものを暗いまま、写す。
小雪混じりの寒風が吹き荒び、僕の体を弄っていく。北方の海遥かに見えるのは、黒い海と、重く、低く立ち込めた黒い雲のみ。空と海が溶けあい、境界なんて分からない。
これだ。ここに立ち、この景色を見るためだけに、ここに来たかったんだ。比喩でもなんでもなく、見たままの素直な印象として、まさにここが
『地の果て』
だ。この風景は、そうとしか表現しようがない。
ただ一人、立ち尽くす。このために今まで旅して来たんだ。そう思える。これまでの旅のこと、旅に出るまでの出来事、色んなことが頭をよぎっていく。それら全てが、痛いほど吹き付ける寒風に、全ての生を刈り取るかのように荒涼としたこの光景の中に、全て吹き飛ばされていったような心持ちだ。
その代わりに、目の前の景色が心の中に入り込み、居座ったような、そんな気がする。大げさに言うなら、ある意味生まれ変わったかのような。ここに目標を思い定めて進んできたという心理作用も大きいのだろうが、ここに実際に来て、この景色の中で一人立ち尽くさなければ、決して得られなかった感覚であるのは間違いない。
ここに来て、本当に良かった。何か新たなものが得られたことが、これほどはっきりと実感できたことはない。その気になれば、宗教的な、スピリチュアルな経験に例えることすらできそうな、そんな感動に全身が包まれていた。
日が完全に暮れきり、何も見えなくなるまで、体から熱が奪われていくのも構わず、断崖の先にただただ立ち尽くしていた。20分か、30分か。ひたすらに思い入れ続け、ここに賭けてきて良かった。この時期のこの景色、これが見たかったんだ。他の者には、ただ薄暗いだけの海の眺めかもしれないが、今の自分にはこの上なく価値のある眺めだ。
今ここに来てなければ決して得られなかったこの感慨、これを得られただけでもこの長い旅は報われたと断言できる。人になんと言われようと、この後何がどうなろうとも、今この時をもって、この旅は成功した。
●日没
完全に日が沈んでしまったので、ノールカップホールに戻る。
途中、平和への願いを込めた七大陸の子供のモニュメントを見ていなかったのを思い出し、見に行く。とはいえ明かりもない、完全な夜なうえ、吹雪いていることもあってよく見えない。
ホールに戻ったが、バスが出るまでまだ時間があったので、先程の感動は感動として、いきなり俗に戻って土産物を色々買い漁る。ここでだけは遠慮しないよ。コースター、キーホルダー、等々。財布の紐が明らかに緩んだ。
ちなみに、パンフレットを見ると、ノールカップはNord Kapp、英訳するとNoth Capeとあった。北岬か……ノールカップの方がいいや。というか、固有名詞なんだから別に英訳しなくてもいいのに。
(帰国後、ノールカップのホームページを発見したので、紹介しておきます。「Nordkapp.no 公式サイト」「Nordkapp.TV ライブのウェブカメラ」)
ノールカップホールは想像よりはるかに大きく、居心地のいい場所だった。オンシーズンで観光客だらけだったらまた違った印象を持ったかもしれないけど。
もうすっかり夜だったので、全景は肉眼でもこんな風にしか見えなかった。デジタル処理をすると、、こんな感じだったと分かるけど。
帰りのバスの車中から外を見ていると、見事なまでの吹雪だった。ノールカップでこの状態だったら、何も見れてなかったな。あのタイミングでは降ってなかったというのは、実に運が良かったんだなあ。見渡す限りの大雪原を吹き荒れる吹雪、これもそう見られるものではないので、しっかり心に刻んでおこう。
●ホニングスヴォークの夜
ホニングスヴォークに戻ってきた。時刻はともかく、景色は完全な夜だ。僕以外の客は皆、沿岸急行船に乗り込んで次の目的地に向かっていく。改めて見ても、やっぱりこの船はでかいなあ……。圧倒される。正直、この町の規模にそぐわないスケールの船だ。
さて。
沿岸急行の客もいなくなり。
また、一人に戻った。
町歩きを楽しみながら、ホテルを目指す。
スーパーのRIMI1000で夕食用にパンやビールを買う。ビールを入れても90クローナ、やはりここは安い。
その後、朝にツーリストインフォメーションで教えてもらった、インターネットができるという店に行く。……あれ? なんか感じが違うような……。店のおばちゃんに聞くと、
「パソコンは一台置いてるけど、接続サービスはしてないのよ(This machine is alone.out of order.)」
だと。
あー、やられた。やっぱり先進国の田舎ではネット屋はなかなかないか。途上国なら、子供のゲーセンかつバックパッカー向けに需要はあるんだけどなあ。やはりここは、日本と同じ感覚だ。パッカーはいないし、住民は皆、自宅で繋いでいるんだろう。仕方ない、宿に戻ろう。
ホテルに着いて時計を見ると、17時前だった。ノールカップを終え、キリがいいので、ここまでの写真整理と日記書きに没頭する。今日は特別に思い入れのある日だから、やはり日記にも力が入る。書きながら摂った夕食は、25クローナで買ったパン、中にジャムやら入っていてやたらと大きく、この僕が食べるのに苦労するボリュームだった。
●進む旅路の先
……日記を書き終え、明日以降のルートをどうするかについて、決めかねているのを思い出した。ツーリストインフォメーションで仕入れてきた情報から、大体プランを三つに絞り込みはしたのだが。
一、このまままっすぐ南下し、カラショクに行く。
二、スカルスヴォーグ(ノールカップに向かう途中にある、ヨーロッパ最北の村)に行く。
三、船に乗ってミーハム(ここより東、ロシア寄りにある、ここと同じようなフィヨルド岬)に行く。
いずれも明日行動可能だが、全てにネックがある。
一は、残りのお金のことを考えたらベストな選択だろう。やはり本命はこれか。ノールカップは見たんだから、一刻も早くこの物価の高いスカンジナビアを抜けにかかるのは正しい行動だ。せっかく週2、3本しかないバスが明日はあるんだし。(これだけ数の少ないバスが満員にならないんだから、ここも完全に自家用車の車社会になっているんだなあ。)予定では、ホニングスヴォーク06時40分発、カラショク11時25分着。あるいは15時40分発、19時50分着。どうせなら朝の便に乗れば、カラショクの町も見て回れると思っていたが、一つ問題が。手持ちのお金が足りない。1,217クローナで、明日宿代に1200クローナ払うと、もう何もできない。引き出そうにもATMはビルの中、町歩きしながら探したけど、僕のカードが使えるところは一つもなかった。
二は、行きたいんだが、帰りが……バスがない。朝のバスは月火木土とあるので土曜日にはホニングスヴォークに戻ってこれるが、そこから南、カラショクへ行く便は日曜にしかない。日曜にはこの朝のバスはないんだ。夕方のバスはあるんだけど、ホニングスヴォークに戻ってくるのが15時35分、カラショク行きのバスが出るのが15時10分。間に合わない。その次のカラショク行きは月曜だが、いくらなんでもそれは長居しすぎだ。お金が本気で底をついてしまう。
三は、情報不足。いや、今の情報で全ての可能性すらある。船でミーハムmehamnに行くとして、15時30分発、20時15分着。これはいい。向こうにはホテルもあるようだし、なんとでもなる。ただ、このプランも行ってから後が困る。ミーハムからカラショク方面へ行くバスがないか見てもらったが、ツーリストインフォメーションにあるFFRの路線図には、ミーハムはかすりもしてない。これがマイナー路線すぎて載ってないだけならいいんだけど(ラオスとかなら絶対そうなんだが)、ノルウェーでそれを期待するのは危険だ。船が通ってるし、ミーハムから南へ行く道は地図を見る限り細く、メインルートではないようだし、本当にバスは通っていないと考えるべきかもしれない。事実、ツーリストインフォメーションの姉ちゃんは
「ここからもう一度船に乗ってキルケネスに抜けるしかないわね」
と言っていた。ノルウェー東端、ロシアとの国境の町キルケネスというのも非常に魅力的なルートではあるが、これまたとてもお金がもたない……。余裕があれば、一も二もなく選んでいるルートなんだけど。さらに、キルケネス行きの船は夜行だから、それだとミーハムに行く意味がなくなってしまう。となると現実的なのはミーハムから再度ホニングスヴォークに戻ってくることだが、ミーハム発02時00分、ホニングスヴォーク着04時15分というきつすぎるスケジュールなんだよなあ。
ということで断腸の思いながらも三は消さざるを得ないとして、一か二か……困った。これまでの旅なら悩む前に飛び込み、行ってから考えればなんとかなっていたが、物価高のこの国で、しかも交通網が極めて貧弱になっているこの地域・この時期にそれをすると、壮大な自爆をしてしまう。しっかり考えて行動しないと。
●ノールカップの一日が終わる
北極圏の長い夜を、吹雪く夜闇をホテルの窓から眺めながらのんびりと過ごす。せっかくホニングスヴォークにいて、こんなホテルに泊まっているんだから、満喫しないと。
ノルウェーの民話に出てくるトロルという妖精というか怪物というか(ちなみにムーミンもトロルの一種だ)、は「トロル坊や」は別として、伝承に伝わっている姿は文化風土による違いを除けば、日本の鬼と同じような扱いのようだ。コンビニになぜか日本語版の絵本が置いてあったので見たが、
『雪の日の雷は、山のトロルが戦っているのです』
とあった。まさにそんな感じだ。
今日のノールカップ往復の500クローナは高かったけど、得られた経験からすれば安かった。しかも、後で聞いたところによると、ノールカップで一時間待ちの条件でタクシーを使っていたら、900クローナかかっていたらしい。バスでよかった。
……ううむ、今日の体験で気持ちが昂ぶったままで、眠れない。
でも、確かに凄かった。圧倒的で巨大な自然、人間のことなど一顧だにしていない荒々しい自然が、ここにある。ここなら巨人が、トロルが、ヨトゥンが住んでいても、納得できる、そんな気分にさせてくれる。キリスト教が入ってくる前の、この地の、サーメ人の信仰は、アルタ博物館で見た解説を思い出すと、やはりアニミズム、森羅万象の神々だったようだ。当然だな。この地ではそれが自然だ。この圧倒的な自然の力は神の力だ。心の底からそう思う。
この旅自体、一生忘れることはないが、中でもここ、ノールカップは特に印象深い場所になった。
ノルウェー
11月8日(金) ホニングスヴォーク →(オルダーフュヨルド)→(ラクセルブ)→ カラショク
●ホニングスヴォークぶらぶら
9時40分起床。危うく朝10時までの朝食を食べ損ねるところだった。危ない、危ない。
まだスカルスヴォーグかカラショクか、どちらに行くか決めきれてないが、どちらにせよ、もう手持ちのお金が尽きるので、どこかで入手しないといけない。散歩がてら銀行を探し、目に付いた所に入る。
ATMを操作してみる……僕が使っている国際キャッシュカード、使えるはずなのに使えないATMが多かった理由、やっと分かった。このカードはPLUSの提携なのに、機械はCIRRUSか何か、他のカードだと認識している。無理なわけだ。この旅に出る数ヶ月前に提携グループが変わったから、それが原因かなあ。ともあれ、このカードでは無理なことが分かったので、緊急時用のもう一つのカードを使ってお金を下ろす。何にでも予備があるというのは心強いことだ。
色々考えたが、結局まっしぐらに南下する、カラショクへ行くルートに決めた。お金的にもそうだし、今のタイミングでの接続を考えても、それしかないだろう。全ては巡り合わせなんだから、何があっても行きたい場所ではないのなら、今の状況にふさわしいルートを選ぶべきだろう。
方針が決まり、路銀も確保できたので、時間までのんびりとホニングスヴォークの町を散策する。そんなに大きくない町なので、のんびり歩いても十分見て回れる。
まずはツーリストインフォメーションのある、港へ。今日も大きな船が入港していた。
ちなみに、港から町並みを見渡すと、こんな感じになる。雲が多く、表情がどんどん変化していくのがまた面白い。
町の北東にある、唯一の教会。中には入らなかったけど、風雪に耐えるべく、がっしりした造りだ。
まだ時間があったので、中心部を外れ、尾根を越えて東の海岸に出てみる。地図によれば、このあたりにもまだ数軒の人家があるはずだ。……なんというか、荒涼とした景色だが、不思議と寂しさは感じない。東の空に空が覗いているからかもしれないが、なんか雰囲気があっていい感じだ。波打ち際で一人、30分ほどぼんやりと過ごす。
そろそろバスの時間もあるので、荷物を取りにホテルに戻ろうとしていると、垂れ込める雲が厚くなった。そして雪が降りだした。結構明るいし、雪の粒も大きいので、もしかしてと思ってカメラを構えてみる。思った以上に雰囲気のある写真が撮れた気がする。満足、満足。
●駄目英語会話
14時過ぎ、バスに乗るべくホテルをチェックアウトする。
まずはRIMI1000で買い物。ちょっと朝からカリカリし気味だったので、カルシウムを摂取したい。あいにく牛乳のミニパックも小魚もなかったので、魚の干物とスティックチーズ。まさか小さいチーズが40クローナを越えるとは……。
スーパーの前に、ママチャリが並ぶように自家用ソリが並んでいるのが面白かったので、ぱちり。
そしてバス乗り場へ。
バスは予定の時刻を大幅に過ぎても一向にやって来ないが、他にも待っている人がいるので安心して待つ。暇なので、一緒にバス待ちしているおばちゃん達と雑談。旅では、カタコトだろうと何だろうと伝える意思が大事なので、稚拙な英語でも気にせず話すようになっている。
「Bus?」
「10 minutes past.」
「Where you come from」
「Japan」
「Oh,Japan!」
「Now,offseason,no another tourist」
「Yes,offseason.Some people come here by boat」
「Boat? Ya.」
「Did you had been go Nordkapp?」
「Yes.I went yesterday.Amazing,excellent!」
「Oh,good」
そうだよなあ、ここで一番の観光ポイントだもんなあ。
などと話しているうちに15時03分、ようやくバスがやって来た。カラショクまで、357クローナ。確かに遠いし、そんなもんだろう。今回も行きと同じくオルダーフュヨルドで乗り換えることになる。
●南へ。
今日も今日とて、よく雪が降っている。バスはホニングスヴォークトンネルを抜け、ノールカップトンネルへと進んでいく。さらばマーゲロイ島、さらば極北の地。
……それにしても今日のバスは、うるさい人が多いな。
出発こそ遅れたが、後は大体定時運行。予定通りにオルダーフュヨルドでバス乗り換え。ここのレストランで発車までの時間を使って小休止。ホットドッグとコーラで42クローナ。……あまりおいしくないかな。
カラショク行きに乗り込むが、今度のバスは乗車率が高い。70%といったところか。乗り込んでチケットチェックも済ませ、いよいよバスはスカンジナビア山脈の中へ向けて走り出した。目指すはサーメ民族の心の中心の地、カラショク!(とは言っても昨日までの旅は「全てはノールカップに行くため」だったので、今日からはどうしても「帰国に向けて」な心理になっている。まだ一月半以上あるんだけどなあ。)
オルダーフュヨルドを17時30分に発車。雪がガンガン降っている。
こっちの人は皆、自分用の反射板を持っている。途中の停留所からバスに乗る時なんか、見つけてもらうために「ここにいるよ」と反射板を振って合図をしてくる。一日のほとんどの時間が夜で、暗くて見えないからだろうけど、生活の知恵だなあ。服にも反射板がついていることが多いし。
18時35分、フィヨルドの一番奥、ラクセルブ着。けっこう人が降りた。フィヨルド沿い最後の街。ここからバスはいよいよ海を離れ、山の中へと分け入っていく。ラクセルブではバスはFFRの基地に到着したので町外れだった。少し走って空港へ。一人乗車。ノルウェーの沿岸部はフィヨルド地形のため、実に入り組んだ地形で、しかも国土が長いから、本当に空港が多い。ほんのちょっとした町にも空港がある。
ここから先、一段と寒くなってくるはずなんだが、道路脇の雪はかなり溶けているような。ここまでは一面真っ白だっただけに、雪が道路の脇にしかないこの状況には違和感を覚えてしまう。まあ、道路以外の白さは同じなんだけど。寒くても雪は少ないのかな?
そして、ひたすらに坂道を登り続け、ようやくのことでカラショクに到着。
●カラショク初見
うーん、さすがにそこまで大きい町ではないなあ、カラショク。でも、ただひたすらに闇の中を進んできた身には、ほっとする町の灯りだ。
バスはまず、RICAホテルの前に泊まった。このホテルチェーンは高いから、最後の手段にしよう。そこでは降りず、終点のバスターミナルまで乗る。外に出て周囲を見回すが、何もないなあ。まあ、バスターミナルは町外れにあるというわけでもないから、少し歩けば色々出てくるだろう。
服装を整え、さあ歩き出そうとしていたら、運ちゃんに声をかけられた。ノルウェーではこのパターンが多いなあ。やはりこの時期の東洋人一人旅は目につくのかな。せっかくなので雑談ついでにどこかいいホテルを知らないかと尋ねると、さっきのRICAホテルだと言う。
「でも、あそこは高いからねえ」
「いや、高くないよ。それに、今はそこしか営業してないし」
……うわちゃあ。
仕方ないので、てくてく歩いてRICAホテルに向かう。
寒い。覚悟していたけど、寒い。
ジャンパーと厚手のセーターの完全防備のおかげで震えるほどではないが、剥き出しの耳が……痛い。体表の末端温度が高い僕に即座にそう感じさせるとは。この町。この時期でも真っ昼間でも−10℃を越えることはないってのは伊達じゃない。この旅で初めて、本気で心の底から寒いと思ったよ。
歩いていて気付いたが、一面に雪が降り積もっているのに、そんなに滑らない。思ったより歩きやすい。昼間も暖かくならないから、雪が溶けて氷になる事がないんだろうな。これはこれでありがたい。ザッ、ザッ、と、足音も他の地のザク、ザクとは違う。
●チェックイン
そしてRICAホテル着。あ、ここの受付の姉ちゃん、感じいいや。
さて、肝心の値段は……weekend price(週末料金)で715クローナ? ……無理です……。しかし、他に宿はないというし、もう夜だし……ええい、ままよ。
「Could you discount...?」
と切り出すと、600クローナにまけてくれた。ほっ。ギリギリのラインだ。この水準までは下げられるんだな。なら泊まります。
これだけの期間バックパッカーをしてきたと言うのに、相変わらずディスカウント交渉が苦手なままなので、あっさり値引きしてくれて助かった。
宿泊が決まったので、早速カラショクの地図がないかと尋ねると出してくれ、この町の観光ポイント、買い物ポイントとその開いている時間を事細かに教えてくれた。その親切心に心からの感謝を。
ネットができるPCも一台だけとはいえ、このホテルのロビーにあるし。ただこの機械、Windows2000なんだよなあ。これまで散々苦労させられてきたOSだ。でもトロムソ以降、まともにネットできてないし……。受付の責任者らしき感じのいい兄ちゃんに日本語プログラムを入れてもいいか尋ねると、
「もちろん! 後から来る他の人のためにもなるからね」
と快諾してくれた。ありがとう。
ともあれまずは旅装を解きに部屋へ。……こんな立派な部屋だったのか……。参りました。よくぞ600までまけてくれたよ。
後で念のため、レセプションの兄ちゃんに
「今の時期、カラショクで開いているホテルはここだけって聞いたんですが」
と言うと、
「はい。他の宿はキャンプサイトですから」
と返ってきた。あー、なるほど。
●夜のひととき
荷物を置いてから外に買い物に出かける。この町、夜も遅いというのに、一人で歩いていても安心感がある。のはいいけど、店にはビールを置いてないだけではなく、1.5リットルの水もない。なぜ? 見かけた3軒、全部まわったんだけど。
なんとかスポーツドリンクと牛乳を入手して帰ったが、これでは食事にならないので、RICAホテルのレストランに行くことにした。
メインディッシュは軒並み200クローナ前後でシャレになってないが、アペリティフは数十クローナだった。ちなみに、ここで出される料理はサーミ料理とのこと。さすが。
食べてみて気がついたんだけど、魚の料理の仕方が日本人の好みに合うなあ。96クローナのサーミシンフォニーというメニューを頼んだら、トナカイの肉(思ったよりも癖がない、コクのある柔らかい肉だった。何かのタタキみたいだ)とサーモンの塩焼きが出てきた。ホワイトソースを好みに応じてつける形。うん、いける。おいしかった。
食事の後は風呂、ではなくここには大サウナがあるのでそこへ。サーミ人はサウナが大好きらしいので、サーミのハートと言われるカラショクのホテルならではの設備なんだろうか。それともこの辺りでは普通なんだろうか。
日本人にはなじみやすい、木組みの大きなサウナは時間が遅いせいか、僕一人だけだった。日本式の蒸気が立ち込めるタイプと違い、カンカンに熱した石を置いているので、何もせずに入るとカラカラに乾いてしまう。正しい作法は知らないけど、他に人もいないことだしいいかとシャワーをざっと浴びてから入り、サウナの中では備え付けのひしゃくで石に水をかける。うーん、いい感じだ。この寒い地方では、本当にサウナは大切だろうな。体を芯から温める意味でも、汗をかく意味でも。そう、この地では寒くて、全身に汗をかく機会なんてこうでもしないとない。
自室に戻り、バスタブがあるのに気付いたので風呂に入る。なんというか、実に贅沢だ。
●ネット接続チャレンジ in カラショク
そしていよいよネット……。が、やはりWin2000は今の僕には手ごわい。回線はISDN64。これで55MBの日本語プログラムをダウンロードしないといけない……。23時半にダウンロードを始めて、完了したのが01時41分。旅先のホテルのロビーで深夜まで、何してるんだろう……。
ダウンロードの待ち時間が暇すぎるので、日本語環境のいらないスカンジナビア情報を見たり、海外の友人にメールしたりしていたが、間がもたない。でもどうしようもないので、余った時間はぼんやりロンリープラネットのページを眺めたり、ロビーに置いてあるホテルのパンフレットを見たりして過ごす。
と、週末だからか、このホテルのホールでは何かのパーティーが開かれていて、こんな深夜でもロビーに結構人の出入りがあった。パーティーの人達が話しかけてきたので、いろいろだべって時間を過ごす。ここのネット、ミニマムチャージが30分30クローナなんだけど、今日はずっと日本語環境を入れる作業をしていただけだからと、30クローナでいいと言ってもらえた。ありがとう、フロントの深夜番の兄ちゃん。
いいなあ、このホテル。実に居心地がいい。気に入ったよ。結局、パソコンはやはりアドミニストレータ権限でログインしてからインストールする必要があるようなので、今日はここで終了。さて、寝るか。明日はどんな日になるかな……。
ノルウェー
11月9日(土) カラショク
●カラショクの朝
ここの冷え込みは半端ではない。暖房完備のホテルの部屋で寝たのに、体が冷えて目が覚めてしまった。
窓から外を見るが、なんか感動してしまった。もう大概雪景色には慣れたはずだし、大パノラマというわけでもないのに、どうしてだろう?
ガスが町の上に薄くたなびいて、幻想的な光景になっている。ちなみに日が出たのは9時すぎ。日? そこまで考えて、気がついた。そういや太陽を見たのって、久しぶりだ。その感動なのかもしれない。
木々も雪か氷か、びっしりと白いもので覆われている。なんか雪の花と呼びたくなるような雰囲気のものもあった。
このホテル、昨夜の食事もおいしかったが、朝食もおいしい。あ、キウイがある。こんな北の果てでキウイってのも、不思議な感じがする。
食事を終え、部屋に戻ってテレビをつけると、日本のロボット特集をしていた。ううむ、海外に出てから、日本の凄さを思い知らされる機会が本当に増えた。この番組もその一つだ。
それにしても今日、すごく晴れている。いい天気だ。この天気が夜まで続けばオーロラを見られるかもしれないけど、どうだろうなあ。
●散策開始
11時半、外へ。ホテルのすぐ近くに、古墳だか雪に埋もれた木組みのテントだかがいくつも並んでいる場所がある。昨夜から気になっているんだけど、これはなんだろう。昔のサーミの住居を再現した展示物か、実際に泊まれるバンガローか、といったところかな。
昨日、フロントの姉ちゃんに聞いたとおり、まずはツーリストインフォメーションへ行く。ここはサーミセンターもかねているんだけど、週末だからツーリストインフォメーションしかやってない。残念。ここでもカラショクの見所などを色々尋ねる。『地球の歩き方・北欧編』には載ってない町だから、自分で色々調べないといけない。ま、それが楽しいんだけど。
真っ白な林の中を少し歩いてSametinget/The Sami Parliamentへ向かう。
ここも週末だから閉まっているんだけど、建物がサーミの伝統建築にのっとっていて綺麗だから見ておくべきだと聞いたので。
途中、正午になったので、太陽の写真を撮る。正午と言ってもこれだけ緯度が高いと、本当に低い位置にある。そんなに高くない山の端からなんとか顔を出しているだけだ。ほとんど夕日だが、コンパスで方角を確認すると、確かに南に位置している。地球の丸さ、大きさ、自分がいかに北にいるか、そんなことを改めて実感する。ああ、世界を旅しているんだなあ。
ううん、完全防寒をしていても、あんまり暖かくない。それだけ寒いということだなあ。雪の上を歩くと、キュッキュッと鳴き砂のような別の音がするし、雪の中に靴を突っ込んでも、全然くっつかずに、さあっと落ちていく。雪質ももちろんだけど、これだけ寒さが強いと違うなあ。日本でも北海道とかならこんな感じなのかもしれないけど、本州の関西で育った者には実に興味深い。
で、到着しましたSametinget。なるほど、伝統の様式をうまく取り入れている建物だ。独特のセンスが面白い。人っ子一人いない建物のぐるりを、じっくりと見て回って楽しんだ。小さな町だから、のんびりと楽しめる。
●白の世界の中で
次は川向こうの旧教会を目指すことにする。ちょっと距離があったので、近道になるかなとメインストリートを外れて路地に入ってみる。メインだろうが裏路地だろうが、どのみち人気がないのは同じなんだし。未舗装の、歩行者しか通れなさそうな山道だけど、何の問題もない。川べりに向かって斜面を下っていく。
……うわあ。林の間から太陽を透かして見ると、梢が黄金色に輝いている……。これが見れただけでも、カラショクに来た意味はあったんじゃないか。裏道を通って本当に良かった。
(1600×1200サイズ)
林の密度が薄くなり、道も平坦になってきた。別荘か普通の家かは分からないけど、民家がちらほらと見えてきた。この辺りの伝統的な家にはよくある、屋根に草が生えている家が多い。当然、その屋根も凍り、雪がうっすらと積もっている。近くの家の飼い犬だろう、犬が一匹、寄ってきた。が、知らない奴だと分かるとフンと鼻を鳴らして去って行った。番犬ではないようだ。
気がつくと、太陽がまさに山の端に沈んでいこうとしている。まだ12時半なのに。この時期ならではだけど、本当に昼が短いなあ。
日のあるうちに見ておきたいところは回っておきたい。川辺に抜けそうな道を、ザクザクと歩いていく。
●カラショク川……!
カラショク川の川べりに出た。……一瞬、言葉を失った。そしてすぐに、顔がほころんでくるのが分かった。ここでこんな景色に出会えるとは。実に嬉しい想定外だ。
(1600×1200サイズ)
氷結しているよ。なんて清涼な景色なんだ。すごい、すごい!
と喜んでカメラのシャッターを押しまくっていると、前から車がやってきた。そちらを見ていたら、すれ違ったところで停車した。ドライバーのおっちゃんが窓を開けて顔を出し、声を掛けてきた。にっと親指を立てて笑いながら一言。
「You get nice puctures!」
まさにその通り。だからこっちも笑って親指を立て、
「Yes,thanks!」
と返した。
それにしても、わざわざ車を止めてそんなことを言うなんて変わった人だと思っていたら、そのおっちゃんも近くに車を停めて写真を撮りはじめた。なるほど、お仲間でしたか。納得。
結構川幅のあるカラショク川が氷結し、その上に薄く雪が被さり、見事な景色が現出している。よく見ると、川の氷の上に車が乗り上げて走り回った跡がある。スノーモービルが走り回った跡も。どれだけ厚く張ってるんだ。空が淡い青で、白い川とのコントラストが美しい。
今でこれなんだから、真冬になったらどれだけ寒くて、どれだけ凄い景色が見られるんだろう。
思いがけない撮影タイムだったが、堪能できたのでそろそろ動こう。おっちゃんも、新たな撮影ポイントを目指して移動していったし。
川べりからメインストリートに上がり、橋を渡る。金属製の吊り橋で、歩道部分は金網になっている。下が見えているので普通なら怖いはずだが、この方が平らな金属板より確実にグリップできるので、逆に安心感がある。
●旧教会とカラショクの子供
川向こうに着いて気づいたが、人家はこっちの方がずっと多い。地元の人の生活の中心はこっち側なのかな?
地図を頼りにメインストリートっぽい車道を外れ、集落の中に生活道路に足を踏み入れる。
おお、日没だ日没だ。この時期の北欧の天気の悪さは身に沁みているので、滅多にない機会だからとシャッターを切る。
集落といっても都会のように家が密集しているわけではなく、いわゆる田舎の集落の密度だ。各家庭の煙突から、煙がもくもくと立ち昇っている。いいなあ、この景色。
そして辿り付いた旧教会。なるほど、きれいだ。なんというか、こぢんまりとしていて、典型的な教会って感じだ。十字架のてっぺんに、カラスが止まって身繕いをしていた。
満足したので、あとはのんびりとホテルに戻ろうかとぶらぶら気ままに歩きながらメインストリートを目指していたら、民家の庭先で焚き火をしていた。その周りで数人の子供が遊んでいたので
「ハロー」
と声を掛けると、
「ハロー」
と笑顔で返してくれた。焚き火にあたれというので言葉に甘えさせてもらう。まあ、僕はノルウェー語が挨拶程度しか分からず、子供達はほとんど英語が分からないのでろくな会話はないんだけど。ガイドブックもないし、あってもこの寒さでは出す気力もなかったので、焚き火にあたりながら子供達が遊んでいたのを見ていたが、この子達ならもしかしてと思い、カメラを取り出して向けてみた。すると恥ずかしがってキャッキャッと逃げ回り、撮らせてもらえなかった。残念。やっぱりここは、先進国だなあ。
その後、集落の近くのスーパーで買い物。普通の人の生活の場で、特別な日でもないはずだけど、民族衣装を着てる人が多いのに驚いた。特に帽子とショールと靴はかなりの確率で着ている。この地で代々暮らしてきた人が、この地の生活のために作り上げてきた衣服だから、さぞかし暖かいんだろうなあ。旅人としてはこういう光景に出会うのが嬉しい。
さあ、ホテルに戻ろう。もう夜が近いけど、後でもう一ヶ所、観光に回れるかな。
●サーミミュージアム
ホテルの前まで戻ってきた。一度中に入ってしまうと動く気力がなくなりそうだったので前を素通りして、午後三時まで開いているというサーミミュージアムを目指す。ホテルからそんなに遠くないそうだし。今日訪れる場所は、これが最後だろう。博物館と言うか、人気も宣伝もないので公民館のようにも感じてしまう建物に入っていく。
しかし、改めて寒いというのはすごいものだと実感した。入る時に気付いたが、ナップサックのポケットに差していたペットボトルの水が完全に凍っていた。そんな何時間も外にいたわけではないんだけどなあ……。
入場料は25クローナ。やはりこんな季節にやって来る客は多くないようで、見て回っている間、客は僕一人だけだった。
そこそこの大きさのサーミミュージアムの中には、係のおばさんとその子供が二人いるだけだった。
展示はサーミの生活用品とかいろいろあって、なかなか興味深い。サーミの衣装って、伝統的にこんなにカラフルなんだなあ。この色合いは結構派手だけどしっくりきてて、なんというか、好きだ。極寒の地に暮らす人々の衣装だけあって、さすがに暖かそうだ。
ナイフが全体的に大振りなのはいいんだけど、先端が結構大きくカーブしているのは、それが実用的だったからなんだろうな。今の自分に無縁なので、どう実用的なのかは分からないけど。獣を解体しやすい、とかかな?
先述したような館内の状態なので、展示を見て回りなが、おばちゃんや子供達と話したり遊んだりしていた。特にメインの展示室では、子供達と遊ぶほうがメインになっていたかも。彼らにカメラを向けてみたら、北欧に来て初めて、逃げられなかった。ありがとー。子供の頃からこういうところが遊び場だと、自分たちのルーツ、サーミの文化にはさぞかし詳しくなるんだろうな。
そんなに長時間いたわけではないけど、かなり満足できたよ。ありがとう。
と、堪能して外に出て時計を見ると、14時半だった。もうすっかり日も落ち、暗くなってきた。夜だな。
ホテルに戻って一息つき、昼食代わりのポテトスティック(10クローナ)を食べる。あ、歯磨き粉が尽きたので買おうと思っていたのを忘れていた。外はもう真っ暗だが、夜はまだまだこれからなので、スーパーに買いに出かける。ついでに歯ブラシも買っておこう。こうして旅先で本当に普通の日用品を買っていると、自分が長旅をしているという実感が湧くなあ。
●日本語環境インストール挑戦(完結編)
16時半、ホテルに戻ってここまでの日記を書き、フロント前のロビーへ。
今日やりたかったことはあらかた終わったので、いよいよインターネット日本語化計画再挑戦のスタートだ。
フロントの兄ちゃんにアドミニストレーター権限でログインしてもらい、あれやこれやと試す。Win98やWinXPならやり方は分かってるんだけど、Win2000だけはよく分からないんだよな……。ああでもない、こうでもないと兄ちゃんと話しながら作業をしていく。
やはりXP用のプログラムでは駄目だ、IMEの古いバージョンでは駄目か、等々……ん? Cドライブに何かあるような……IME? なんかここに日本語のプログラムがあるようだけど……。もしやと思い、コントロールパネルをいじってみると、言語の選択をするところがあった。ノルウェー語は読めないので、兄ちゃんに頼んで日本語を追加してもらい、再起動。……よっし、ユーザー毎に日本語使用可にする必要はあるけど、日本語が使えるようになったよ、万歳! 一緒に悪戦苦闘した兄ちゃんに何度もやり方を繰り返して見せて大丈夫なのを確認し、サムアップサインで笑いあう。
早速久しぶりに日本語で、日本へメール。HPの日記も更新しておく。
疲れたけど、実に心地よい疲れだ。すっかり満足してパソコンを離れ、フロントのおばちゃんに使用終了を告げると、苦笑交じりに言われた。
「長かったねえ。何時間したんだい?」
……何時間だろう? すいません、覚えてません……。五時間ほど張り付いてたのは確かなんだけど……。
日本語環境を整えるまでの作業時間は無料でいいと言ってくれたけど、その後何時間したのか覚えてないんですよ……え、90クローナでいい? 30分30クローナなのに、それはさすがに安すぎるんじゃ? と話していたら、なんかさらに雲行きが変わった。……無料でいい? ええ? フロントの兄ちゃんが、受付で昨日話したおばちゃんと話しているけど……。このおばちゃん、昨日悪戦苦闘していたのを笑いながら見ていて、今日日本語環境が整ってメールしていたら「日本語インストールできたの? 良かったわねえ」と言ってくれた人なんだけど、このおばちゃんがタダでいいと言ってくれたから……って……えええ? もしかして、ここの支配人さんですか!?
なんでも、他の日本人(冬場でも2,3グループは来るらしい。逆に言えば、冬に一人で来る日本人は珍しいんだろう。そういや昼間、博物館でも子供達を写真に撮って遊んでいたら、係のおばちゃんが「日本からわざわざ来るのに、どうして今なの? 冬が好きなの? 私は好きじゃないわ」と言ってたっけ)にも使えるようになったから、ひいてはホテルに利してくれたからタダでいい、と。旅しながら、各地のパソコンに日本語環境を入れまくってきたけど、こんな感謝されたのは初めてだ。ありがとうございます!
●カラショクの夜は更け行く
さすがに空腹になったので、レストランへ。今日のネット代が浮いた分で食べるとしよう。
今日も安いアペリティフにしようと考えていたら、ウェイトレスのお姉ちゃんに
「それだと量が少ないわよ」
と言われてしまった。わざわざ忠告してくれるんだから、本当にそうなんだろう。よし、せっかくだし、ネット代が浮いた分を張り込んでやれ。思い切って、トラウトのソテーを頼む。
たまたま地元の人の音楽パーティーのようなことが行われていて、その人達の注文の後になったので、かなり待つことになり、料理が来たのは22時を過ぎていたが、雰囲気がいいレストランだし、本を読んでいたのでなんてことはなかった。
ウェイトレスさんが言っていた通り、確かにボリュームがあった。このトラウト、半身くらいあったような。クリームのようなホワイトソースがかかっていて、ナイフとフォークで食べやすいよう、骨は完全に取り除いてあった。うん、油っぽくないし、ほどよいしっとりさで実においしかった。付け合せにふかしたジャガイモを三個。飲料は水。水は無料だ。これで184クローナ。確かに高いけど、ネット代を普通に払っていたらそれくらいは越えたろうし、今夜は特別だ
ふう、なんだかんだで実に楽しい一日だった。
あとはゆっくりと休もう。昨日のサウナに行ってみたけど閉まっていた。ちょっと遅すぎたかな。
思い出して外に出てみたが、昼間あれだけ晴れていたのに、完全に曇っていた。やはりこの旅ではオーロラに縁がないようだ。仕方ない。
昼間に買っておいたマックウル(ノルウェーのビールの銘柄)を飲んで寝る。
ノルウェー
11月10日(日) カラショク
●寝過ごして、朝。
昨夜、ちょっと雪が降ったようだ。起床したのは9時40分。昨夜は12時には寝たんだけどなあ。
この時間では、残念ながら次の目的地・フィンランドに向かう、乗る予定だったバスは行ってしまっている。
レセプションのすっかり顔なじみになった兄ちゃんに尋ねてみたが、スオミ(フィンランド)行きの便は一日一本しかないらしい。あららぁ。仕方ない、高いけどもう一泊しよう。ここは居心地いいし。予算を考えると、さっさとフィンランドのイナリかロヴァニエミに抜けてしまわないといけないんだけど、どうしようもないもんな。
さて、今日は何をしよう。もう特にネタもないよなあ……。特にあてもなく、外をぶらぶら。
今日はATMどころかスーパーすら閉まっている。日曜だから? キリスト教国だから? うーむ。仕方ないのでぷらぷらと昨日見つけた、川向こうのショッピングセンターのほうに歩いていく。途中で二度ほど子供達が声をかけてきたが、カメラを向けると笑いながら逃げていく。これはもうパターンだな。子供の写真、撮りたいんだけどなあ。おお、こっちのショッピングセンターも閉まっているではないか。なるほど。
まだ一時なので、サーミ図書館と第二次大戦中に旧ユーゴスラビアのプリズナーに囚われていた人の記念碑を見て歩く。
ホテルに戻る途中、センターのコンビニが開いていたので、定価で高いけど飲み物を購入。ATMも動いていたので助かった。
●ある意味この旅最大のアクシデント
することがなくなってしまったのでホテルに戻ったが、まだ二時。外はもうそろそろ夜だけど、時間はたっぷりある。暇だ……。
部屋でテレビを見ていたが退屈してきたので、ホテルのエクササイズルームを使わせてもらう。色んなトレーニング器機があって面白い。部屋にはずっと僕一人だったけど……。調子に乗って疲れ果てるまで遊びまくる。さすがにやりすぎた。これは筋肉痛になるな。
ともあれ、いい汗をかいたので、さっぱりしにサウナへ。
フロントで確認したところ、フィンランド式のサウナはやはり、先に水をかぶってから入るので正解らしい。前回の入り方でよかったんだ。
さて。
……あれ? 入れないよ。どうも先客が鍵を持って入っているらしい。共用だと思ったけど、違うのかな? 仕方ない、まだ時間はたっぷりあるし、後でまた来よう。と、ロビーに戻ってきたら、フロントの人に声をかけられた。
「サウナに行ったんじゃなかったの?」
「行ったけど、鍵がかかってたんだよ。誰か入ってるみたいだから、後にするよ」
「ノープロブレム」
そう言って席を立って僕を連れてサウナに行き、合鍵を使って開けてくれた。入って良かったのか。ありがとう。
……が。
中に入って吃驚。
若い女性が二人、全裸で入っていた。
え、なんで!?
この国のサウナって男女共同なのか?
このサウナはフィンランド式で、蒸気とかがまったくないので、丸見えだ。そりゃあ鍵してるわけだよ。
フロントの人も、鍵を開けた時に中を確認したのに、平然と「プリーズ」って言ってたから、まさかこんな事になっているとは思わなかった。どうしよう。突然のことに頭はパニックだ。
が、先客の20歳くらいの二人の女性はタオルも何も巻かず、僕が入ってもこちらを見て軽く挨拶をしただけで、寝そべった姿勢のまま、動くこともなく平然としている。
え、えええ? いいのか、これ!?
はじめは取り乱していたが、彼女達があまりに堂々と、平然としているので、次第にこっちもそういうものかという気分になってきた。とはいえ、彼女達は元々鍵をかけていたわけだし、実際は違うのかもしれないが、この場の空気はそういうものだから、そういうことにしておこう。それが一番無難にこの場をやり過ごせそうだし。
軽く挨拶した後はお互い邪魔をしないように、それぞれ静かにサウナに入る。……とは言え、やはり目のやり場には困る。ので、少ししてから横になり、彼女達が出て行くまで意識を考え事に向けてぼんやりと過ごすことにした。おかげで今までになく長時間サウナに入ってしまった。
ああ、びっくりした。
部屋に戻り、テレビでスピードスケートや女子ハンドボールやサッカーの中継をしているのを見、バスタブにつかる。やっぱり日本人としては、サウナだけでは物足りないというか、湯船につかりたい。
これだけやって、まだ17時。暇だ。
今日のホテルのレストランの夕食は、魚のスープ(というかシチュー)。56クローナに税金を足して、69クローナ。レシートに書かれた「Herau
mva」の意味は分からないけど、24%とあるので多分それで合ってると思う。
レセプションで、明日の移動のための情報収集。ここから先のバス代も、ホテル情報も知らなかったが、バスはほとんどフィンランドを走るからユーロ払いじゃないかとのことだったので、慌てて残っているノルウェークローナ硬貨を使う。次に向かう町の情報としては、
「イナリは小さい町だから、ホテルは多くないよ。泊まるならその先のイヴァロの方がいいんじゃないか」
との事だが、是非とも行ってみたいシーダの博物館はイナリにあるんだよなあ。どうしようか。
ともあれここのホテルは本当に良かったよ。ありがとう。
さて、明日はきちんと早起きして、バスに乗らないと。さすがにもう一泊してしまうといろんな意味でやばくなってくるし。